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イギリスの田舎暮らし、バイリンガル育児、イギリス英語についてお届けします

海外で子供がマイノリティとして育つことと日本語教育

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アメリカでは毎年5月は "Asian/Pacific American Heritage Month" と定められています。日本語訳は「アジア・太平洋諸国系米国人の文化遺産継承月間」。期間中は、アメリカ全土でアジア系アメリカ人にまつわるイベントが開催されます。

なぜ5月かというと、1843年5月7日に初めて日本人が移民としてアメリカに来たことと、1869年5月10日に大陸横断鉄道が完成したことを記念してのことだそうです。

私はアメリカからイギリスに引っ越してきてしまいましたが、海外で育児をするなかでいつも頭の片隅にある、マイノリティの子供たちのことばやアイデンティティについてしっかり考えるいい機会だと思うので、今日は海外で子供がアジア系移民として育つことについて考えてみたいと思います。

 

 

マイノリティとして育つということ

移民が多いアメリカでも、アジア系はまだまだ少数派です。州やカウンティによっては局地的にアジア系の人口がとても多いところもありますが、アメリカ全土で見てみるとアジア系人口は全体の約5%です。

実際にアジア系の人口が少ない地域で韓国系アメリカ人として育った人が、幼少期から成人するまでのあいだに感じたことについて語った動画を見つけました。

 


Growing Up Korean American | My Struggles

 

同じようにアジア人が少ない地域でマイノリティとして育つ子供を育てている親として、全体的にとても考えさせられる内容でした。特に印象的だった箇所をいくつかピックアップしてみます。

 

・(子供のころ)初めて韓国に行ったときに、みんなが自分と同じ外見だと気がついた(それまではなんで自分だけ見た目が違うんだろうと思っていた)。

・韓国語の補習校で ”あなたはKorean American" だと言われ、なんで私は ”普通の American" になれないのか(なりたいのに)と思った。

・韓国語で話したい親と、英語で話したい自分との間のミスコミュニケーションからくるフラストレーションや怒り。

・アメリカではアジア人 (Asian) とみられ、韓国ではアメリカ人とみられる。

・子供の頃はいつもまわりから浮かないように必死だった。今はKorean-American として誇りをもっている。

・アメリカと韓国のどちらにも完全に属さないけど、私は両方のいいところを持っている。

 

アジア系の移民が、アメリカで生まれ育ったにも関わらず、まわりからは「いつまでたってもアジア人だとみられる」ということは他でもよく聞きます。

バイリンガル教育研究で有名な中島和子先生の著書にも次のように書かれています (p.214) 

 

民族的アイデンティティは、同じ祖先を持つグループに属し、そのグループに特有の湯ユニークな価値観や行動パターンや感じ方を共有することである。

自らが選択したアイデンティティもあるし、他人がレッテルとして押し付けてくる場合もある。例えば、アメリカで育つ日系人の子どもは、自分はアメリカ人だと思っていても、肌の色や外観で「アジア人」「日系アメリカ人」というレッテルを貼られることが多い。

 

完全改訂版 バイリンガル教育の方法 (アルク選書)

完全改訂版 バイリンガル教育の方法 (アルク選書)

 

 

思春期の子供たちは、ただでさえアイデンティティの問題を抱えやすいところに、マイノリティとして育つ場合は問題がさらに複雑になることがわかります。

 

マイノリティの子供たちは、家庭では主に親から継承した母語を、社会(学校)では現地語を話すケースが多いですが、年齢が上がるにつれ現地語の方が優位になっていきがちです。

ことばとアイデンティティは切り離せないものです。おそらくマイノリティの子供たちにとって、まわりから浮かずにサバイブする手っ取り早い解決法が、親から継承したことばを捨てて、現地のことばや文化を身に付けて友達の仲間入りをすることなのだと思います。

しかし、自らは英語を話す「アメリカ人」としてのアイデンティティを選んでも、他人からは引き続き「アジア人」として見られるわけなので、問題は複雑です。

 

「母語」と「継承語」

two yellow and red wooden doors

バイリンガル教育の分野の本を読んでいると「母語」に加えて、「継承語」という言葉が出てきます。

先述の中島先生の「バイリンガル教育の方法」では次のように定義されています (P.32)

 

母語とは、

1.親子のコミュニケーションの道具、親子の絆となる言葉。

2.ことばで感情や意思を伝えること、ことばを使って考えることを学ぶ。

3.行動のルール、価値判断を学んで親の文化の担い手になる。

4.言語経験がもっとも豊かであるため文字習得には最適な言語。

 

完全改訂版 バイリンガル教育の方法 (アルク選書)

完全改訂版 バイリンガル教育の方法 (アルク選書)

 

 

 

ここで注意すべきは、母語はひとつとは限らないということです。国際結婚などで両親が違うことばを話す場合は、母語が2つの子供もいます。母語が2つある子供も、母語が1つの子供と同じように母語を習得するとされています。

 

年齢が上がって学校に行くようになると、現地語がどんどん発達してきます。幼少期には「母語」であったことばで、途中で現地語に追い越されてしまい、年齢に適したレベルまで達していない状態のことばは「継承語」と呼ばれます。

中島先生の本では次のように継承語の定義が整理されています。

 

継承語とは、

1.現地語のプレッシャーで十分に伸びない言語。

2.親子のコミュニケーションに必要な言語(特に現地語ができない親の場合は必要不可欠)。

3.家や民族コミュニティでしか通じない言語。

4.現地語の習得の土台となる言語。

5.失うと情緒不安定になり、家でも疎外感に悩み、アイデンティティが揺れる。

中島和子・著「バイリンガル教育の方法」 P.33 

 

母語と継承語は、ともに子供が一番初めに覚えた言語であるものの、母語に対してはアイデンティティが保たれ、継承語に対してはアイデンティティが揺れ、さらにその言葉を話すことを恥ずかしく思うこともあるという違いがあります。

 

海外で親が子供に日本語教育をする理由はいくつかあると思いますが、大きく分けると「いずれする帰国にそなえるため」「永住するが日本文化を継承するため」のどちらかであると思います。

子供に日本語を学ばせる理由が前者であれば、目的がはっきりしているので迷うことは少ないと思います。受験などがからめば、ゴールも数値化しやすいです。

迷うのは理由が後者の場合です。「文化継承のため」、「日本人としてのアイデンティティを保つため」といっても、そこから得られるものがイメージしにくいため、子供は「なんでみんなが遊んでるとき(補習校は土曜日)に、誰も話さない言葉の勉強を自分ひとり必死になってしないといけないんだ」と思ってしまいますし、親側としても「将来的にあまり使う機会がなさそうであれば基礎的な日常会話ができれば十分か」と実用面にフォーカスしてしまいがちです。

特に、小学校3-4年生で学ぶ内容が一気に難しくなるため、このあたりで「もういいか」となるケースが多いようです。また、日本語補習校のカリキュラムなども、帰国を前提に作られているものが多いため、「継承語」として日本語を学ばせる際のノウハウはなかなか簡単に手に入らない状況です。

 

文化の差とアイデンティティのゆれ

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海外で子供を育てていると気になるのが、「子供はいつから文化の差」を認識できるようになるのかということです。

自分をとりまく2つの文化に違いがあることを認識すると、単に「違い」だと認識できればいいのですが、文化に優劣をつけるようになることもあります。

子供が母文化や現地文化に対してもつ感情は、大人の態度に大きく影響されます。例えば、家で親が現地文化をさげすむようなことを言ったり、逆に外で母語を話すときに極端にまわりに気を使うようすを見せることは、子供がそれぞれの文化に対して持つ印象を左右するため気をつけたいものです。

 

子供が文化間の差を具体的に認識できるようになるのは9歳以降だそうです。それまでは、外見の違いなどは認識していても、文化の差については認識できません。9歳以降になると、価値観などの違いがわかるようになり、またそれをことばで説明できるようになります。

11歳以降になると、必要に迫られて(親の転勤などで外国に引っ越して)行動パターンを変えると違和感を感じるようになり、14歳以降になると母文化の影響から出られないそうです。

「同族意識」が出てくるのも10歳ごろ。小学生のうちは人種関係なくお友達ができていたのに、中学生になるとアジア系(日系がいない場合は韓国系や中国系)でかたまるようになるというのもよく聞く話です。

この頃になると、母文化と現地文化の違いをはっきり認識するようになるため、子供によってはどちらにも属せないとアイデンティティの揺れが生じて苦しむこともあるようです。

 

目指すべきは「統合型」

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ここまでマイノリティとして育つ子供たちには、苦難しか待ち受けていないような書き方になってしまいましたが、もちろんそうではありません。

中島先生は、バイリンガルやトリリンガルの子供たちが「統合型」のアイデンティティを持ち得ることについて書かれています。つまり、2つの文化にまたがって成長する子供たちは2つの文化のそれぞれに対してアイデンティティを持つのではなく、2つが融合されてユニークな1つのアイデンティティを持つということです。

この記事の冒頭で紹介した、韓国系アメリカ人のJennyさんの動画からピックアップしたコメントのうち、最後の二つがまさにこの「統合型」アイデンティティにあたります。

 

・子供の頃はいつもまわりから浮かないように必死だった。今はKorean-American として誇りをもっている。

・アメリカと韓国のどちらにも完全に属さないけど、私は両方のいいところを持っている。

 

ここでひとつ興味深い調査結果をご紹介します。

カナダ生まれの日系児童に、英語と日本語の読解力テストと面接による調査を行い、言語の到達度とアイデンティティの関係を調べたものです(「バイリンガル教育の方法」P.220)。結果は以下のとおりです。

 

両方の言葉がよくできる「2言語高度発達型」

➡アイデンティティがしっかりしていて、ことばだけを状況に合わせてスイッチできる。

片方の言葉が強い「英語ドミナント型」または「日本語ドミナント型」

➡ことばをスイッチすると同時にアイデンティティのスイッチにもなってしまうた め、弱い方の言葉を使うときに違和感がある。

両方の言葉が弱い「2言語低迷型」

➡アイデンティティが混沌としているケースが多い。

 

このような調査結果を見ると、日本語学習はやっぱり捨てれないなと思います。

 

最後に

私自身は日本で産まれ日本で育ったので、マイノリティとして育つことの実体験はありません。高校留学で初めて「外国人」として海外で暮らすことを経験しましたが、帰るところ(=日本)はいつも私のなかにありました。

娘のように、日本にルーツを持ちながらも海外で生まれ育つ子供がどのようなアイデンティティを形成し、言語を習得していくのかは私にとって未知の世界です。

年に1度は帰国するようにしていますが、娘は日本に住んだことがありません。また、将来的に私たち夫婦は日本に帰国する予定でいますが、娘は海外の大学に進学することも大いにあり得ます。その場合は就職も海外ですることになるかもしれません。 

そう考えると、娘に日本語学習をがんばってもらうのはあまり意味がないことのようにも思えます。

それでも、私が日本語にこだわるのは、娘に「自分の居場所」を与えたいからかもしれません。イギリス人のなかでマイノリティとして育つ娘。まだ本人は自分はマイノリティだとはっきり認識していないと思いますが、いずれ「なぜ私だけ、、」と思う日がくるのだと思います。

感情を整理したり、「私は誰なのか」というアイデンティティの問題を考えたりするときに、母語がしっかり発達していることは必ず娘にとってプラスになると思っています。

不安になったときに帰ってこれる、安心できる物理的な場所として家がありますが(それをちゃんと用意してあげるのが私の親としての仕事だと思っています)、日本語が娘にとっての精神的な居場所になるといいなと思っています。

 

この記事の中で何度も引用している、中島和子先生の本はバイリンガル育児に取り組む人には強くおすすめします。私はバイリンガル育児の方向性に迷ったときに繰り返し読んでいます。海外で育児中の方だけでなく、日本でバイリンガル育児を実践されている方向けに書かれている章もありますので、一度読むとご家庭でのポリシーを決めるのにとても役に立つと思います。

 

完全改訂版 バイリンガル教育の方法 (アルク選書)

完全改訂版 バイリンガル教育の方法 (アルク選書)

 

 

※わざわざ書くまでもことでもないかもしれませんが、ひと言にバイリンガル育児といっても家庭の数だけやり方もあります。ご家庭によっては現地語を優先、もしくは現地語一本でいく方針をとられることもあるかと思います。この記事で書いたことはあくまで私の考え方で、他を否定するものではありません。