Once Upon a Time...

東大卒のパートタイムママです。海外の田舎(今はイギリス)で取り組むバイリンガル育児が中心のブログです。

子供といっしょに本を読むことは立派な愛情表現

読書の秋ですね。私は本を読むことが好きです。物心がついた頃から、常に「今読みかけの本」というものがあった気がします。数日で一気に読み終えてしまう本から、途中で本棚に戻して、時間が経ってからまた続きを読みだす本、いろいろです。忙しくて本を読む時間が確保できない時期が続くとすごくストレスを感じます。「活字を目で追う」という行為自体がリラクゼーションになっているのかもしれないです。

読むことというのは私にとって精神安定剤でありエナジードリンクでもあります。

娘が産まれてからは、娘といっしょに本を読む時間も増えました。産まれたてのころは赤ちゃん向けの文字の少ないカラフルな絵本。4歳になった今では娘と読む本はページ数も多く、お話の内容も複雑になってきました。 

ゆっくり本を読む時間を持つことで私は幸せを感じます。だから娘に本を読んであげることは私から娘に幸せな時間をプレゼントするストレートな愛情表現でもあります。

 

読むことで得られらるものは多い

外国のかわいらしい街並みや、美しいけどちょっと不思議な風景などを「絵本の中の世界」と表現することがあります。少し現実離れした、という意味でも使うと思いますが、まさに本を読むことは今自分がいる現実からどんな遠いところまでも連れて行ってくれます。

子育てをしていると、子供にいろんな体験をさせてあげたいという思いから、子供といっしょにたくさんお出かけをしようと思ってしまいます。でも当然ながら限界があります。週末のたびにお出かけをしていると体力的にも経済的にも負担が大きいです。

ところが絵本の世界にはその限界がありません。海でも動物園でも外国でも地下の世界でも月でもいつでも行けます。大人だって実体験に基づいた知識よりも本で読んだ知識の方が圧倒的に多いと思います。生まれてきてまだ数年の子供ならなおさらです。

年齢が上がってくると、子供は何か新しい経験をするたびに、前に本で読んだことをリンクさせるようになるそうです。(私はこの部分が子供が本を読むことの一番の効果だと思っています。)例えば、悲しいお話を読んだときは主人公の気持ちになって悲しい気持ちなる。主人公が思った通りに行かなくて不満に思う場面では、いっしょにフラストレーションがたまる。こういった感情をお話を通じてある意味「予習」することで、実際にその感情を自分が体験したときにパニックになりにくいのではと思います。

いっしょに本を読みながら「この子はいまどういう気持ちかな」「きっと自分の気持ちがわかってもらえなくて悲しいんだね」などと子供と話しをしながら読むことで、感情にラベルを貼るような作業ができると思います。娘にはこの効果がありました。まだおしゃべりが拙かったころに、娘が言っていることを私が理解できないでいるとギャーっと癇癪を起すことがよくありました。でも本のなかで一度「自分の気持ちがわかってもらえなくて悲しい」という場面を読んで以来、感情を爆発させることが少なくなりました。

 

 

読めるようになるにはトレーニングがいる

認知心理学者のスティーブン・ピンカー教授は、子供の脳をコンピュータに例えて、「子供は音は生まれながらに受信できる状態にあるが、活字(を読むこと)はオプションであり、苦労して埋め込まないといけないアクセサリだ」と話します。(拙訳すいません。原文は"Children are wired for sound, but print is an optional accesory that must be painstakingly bolted on.")つまり、子供は周りがなにもしなくとも自然と言語を理解するようにはなるものの、その言語が書かれたものを読むという行為については努力しないとできるようにならない(自然に読めるようにはならない)ということです。

これは子育て中の人なら誰でも知っていることかもしれません。子供が話せるようになるには先生がいらなくても、読めるようになるには誰かに教えてもらう必要があります。これは第二言語についてもそうです。例えば日本語を母語とする子供がいわゆる「英語耳」になって自然と英語を理解し話すことができるようになっても、読む方はフォニックスをいちからやる以外に方法はありません。

ところで、人が活字を読むときに脳のどこの部分を使うかは言語によって違うそうです※。アルファベットで書かれている文章を読むときは左脳が使われ、中国語を読むときは左脳と右脳の両方を使って読むそうです。

おもしろいのが日本語です。私たちが日本語を読むときは、かなを読むときはアルファベットと同じ部分、漢字を読むときは中国語と同じ部分を使って読むそうです。アルファベットは26の文字の組み合わせで構成されているのに対して、中国語は何千もの文字を記憶して読むので直感的になんとなく理解できる気がします。イメージで記憶するのは右脳記憶といいますよね。

かなとアルファベットは脳の同じ部分を使って読むのなら、日本人の子供であれば先にかなを習得しておけばその部分の脳が活性化されて、後でアルファベットをやるときにスムーズになるということもあるのでしょうか。ないかな。。あとは漢字を少しでもやっていれば中国語と同じように右脳を使うので、英語を学ぶときに暗記するしかない sight words (サイトワード)が出てきたときに強い、かな。。単なる希望的観測ですが。

 

子供といっしょに本を読むことは立派な愛情表現

赤ちゃんがお座りができるようになってママやパパの膝の上に座れるようになるころから、赤ちゃんは本を読んでもらうことで愛情を感じるようになるそうです※。うちでも娘が6カ月ぐらいになったころには寝る前の読み聞かせは定着していたように思います。とは言え、当時は娘はもちろんまだまだ赤ちゃんなので、私が少し読んで、あとは娘に本を少しさわらせて遊ぶ、という感じでした。でも言葉のリズムとか絵とかで赤ちゃんだった娘なりにお気に入りの本はいくつかありました。

思い返せば、私も小さい頃によく親に本を読んでもらっていたような気がします。実家は共働きで私は3か月から保育園に行っていたのですが、本を読んでもらうことで親子の時間が充実したのかもしれないです。

私は自分で読むより読んでもらう派だったので、わりと状態がいいままで当時読んでもらっていた本が残っていて(残しておいてくれた母に感謝です)、今は何冊か娘に引き継がれています。娘は自分で読むのが好きなので、カバーは外しておかないとすぐボロボロになるし、ページもめくりすぎてほどけそうになっているのも多いので次の世代には引き継げそうにないです。

それでも、今でも寝る前の本だけは読んで欲しがります。もうお膝の上に乗せて読むのは重いので床かベッドに座ってもらいますが、寝る前に本を読む時間は私の育児の中で一番大事な時間です。日中イライラして怒ってしまっても(よくあります)、寝る前のこの時間を使って娘に「おかーさんは怒ってても〇〇(娘の名前)大好きだからね」ということを伝えることができます。

今娘の本棚は本であふれていて、もう読まなくなってそろそろ処分すべき本も増えています。さすがに一部は段ボールに入れて別室に保管してあるのですが、娘も私もなかなか断捨離ができません。それぞれの本を読みながらいっしょに共有した時間を思い出として頭の中(心かな)にしまって、本自体は処分しないとと思っているのですが難しいです。

 

※Maryanne Wolf (2007) Proust and Squid, pp 62.

 

 

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