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イギリスの食事はまずいか

ここ数日「イギリスの食事がまずい」というツイートと、そう発言することに対する批判、さらにその発言を批判することに対する批判などでツイッターが盛り上がっているので私もちょっと思ったことを書いておこうと思う。

 

イギリスに来て1年ちょっとだが、イギリスの食事はまずいか、と聞かれれば、まずいものもある、というのが私の答えになるだろう。アメリカの食事に聞かれても同じ答え、さらに日本の食事についても同じ答えになるかもしれない。一国の食文化全てをひとまとめにしておいしいかまずいかを答えるのは不可能に近いと思う。

ではなぜ「イギリスの食事はまずい」ということがここまで頻繁に言われるのだろうか。それはイギリスでは、万人受けする味で老若男女問わず受け入れられるような料理へのアクセスが他国に比べて外国人にとって難しいからではないかと思う。ここでいう万人受けする料理とは日本でいうと、カレー、ラーメン、お好み焼き、鶏のから揚げ、おにぎり、などであろうか。日本人なら皆子供のころから食べていて、大人になっても好きな食べ物ランキングで必ず上位に入るような料理である。英語ではcomfort foodと呼ばれる。決してヘルシーではない(どちらかというと食べ過ぎるとあまり身体にはよくない)料理だが、たまに無性に食べたくなるのがこのcomfort foodである。日本語でいうところのおふくろの味に近いが、必ずしも家庭料理である必要はない(例: ラーメン)。

イギリスのまずい食事に対してよく引き合いに出されるイタリアなどはこのcomfort foodへのアクセスが外国人でも容易なのではと思う。例えばトマトベースのパスタやピザなど。観光で数日来ている人でも容易にレストランで食べることができる。アメリカでは最初にイメージされるのがハンバーガーとフレンチフライだが、これらも観光客でも気軽に入ることができるレストランはもちろん、ファーストフードでも意外とおいしいバーガーが食べられるところもある。日本のカレーやラーメンも外国人でも入りやすいお店で「絶品」とは言わずともおいしいものが手軽に食べられる。お好み焼きは少しハードルが高いかもしれないが、私が東京で働いていた頃のアメリカ人の同僚たちは皆お好み焼きが好きだったのでどこかで食べる機会があるのだろう。

一方、イギリスのcomfort foodは何かというと、まずフィッシュアンドチップスはおそらく最初に出てくるであろう。これはイギリスに初めてくる人でも観光ガイドにもよく載ってるし一度は食べてみようとするものである。またフィッシュアンドチップスのお店は(地域によるが)いたるところにあるので外国人でも食べる機会は豊富にある。しかし、フィッシュアンドチップスをのぞいて、イギリスのcomfort foodは観光や出張で数日滞在している外国人にはあまり目にする機会がないものが多い気がする。

例えばpastyと呼ばれるもの。コーンウォール地方の郷土料理だが、イギリス全国で食べられている。見た目はカルツォーネ(もしくは巨大な餃子)のような形のペイストリーで中にじゃがいも、玉ねぎ、お肉(ステーキされた牛肉)などが入っているのが基本形だが他にもいろいろバラエティがある。このpastyというのは私はイギリスに来るまで名前も知らなかった。さらに、イギリスに来て数か月後もまだ知らなかった。なぜならこれはレストランのメニューには見かけないものだからだ。ではどこで売ってるのかというと、街のパン屋さんやスタンドなどである。地元の人はさくっとお昼用に買っていくものだが、旅行で来てる人はわざわざ買わないのではないだろうか。

さらに、イギリス英語でパイと呼ばれる料理もイギリスのcomfort foodの代表格であろう。パイといってもクラスト生地に包まれたものではない。炒め煮にしたお肉の上にマッシュポテトとチーズがのっているシェパーズパイや、お肉の代わりにタラやエビなどがマッシュポテトの下に隠れているフィッシュパイなどがある。これらは一般に庶民的なレストランで食べるものであって、観光地のおしゃれなお店で気合いを入れて食べるものではない。

加えて、日本のおにぎりやお味噌汁もcomfort foodに入ると思うが、イギリスではそれに相当するのがジャックポテトとスープである。ジャックポテトも私はイギリスに来るまで知らなかった。ジャックポテトとはオーブンで焼いたポテトの中に様々な具(ビーンズ、エビ、チーズ、コールスロー、など)を挟んだものだ。これもレストランというよりは街のカフェや娯楽施設のフードコートなどで食べることが多い。スープはどのカフェやレストランでも必ずToday's soup(本日のスープ)がある。イギリス人はスープとパンで簡単に昼食をすませることも多い。スープは具だくさんなことが多く、それとパンでちゃんとしたランチになることを知って以来、私もスープをオーダーすることが多くなった。しかし、例えば日本から旅行で来てる人はレストランに入ってランチにスープはあまりオーダーしないのではないだろうか。

 

このように、イギリスにも万人受けする料理は存在する。上記に挙げた料理は、日本人とっても「まずい」とは感じないのではと思う。もちろん毎日食べたくはないが、少なくとも限られた滞在期間中であれば問題なく食べられるであろう。それにも関わらず「イギリスの食事はまずい」と一般に言われてしまうのは、これらの料理が庶民の味で、その多くが観光客の目の届かない家庭や小さな家族経営のお店で食されているからなのではないかと考えられる。そしてさらなる悲劇は、このようなイギリスでは一般的に愛されている食べものよりも、なぜかマーマイト(ビール酵母が原料のパンに塗るペースト)やブラックプディング(血のソーセージ)、うなぎの煮凝りなど珍味系が有名になってしまったことであろう。観光でイギリスに来た人がパスティやシェパーズパイを食べないでマーマイトやブラッドプディングに挑戦するのは、日本に来た外国人観光客がカレーやラーメンをとばしてイカの塩辛やレバ刺しを食べたりするのと同じかもしれない。