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子供の英語習得と宗教

最近になって1歳8カ月の娘が意外と英語を理解していることがわかってきた。娘はアメリカで産まれ、7ヵ月の時にイギリスに引っ越したが、自宅では100%日本語、プレイグループや友達のお家では100%英語、で通してきている。できるだけ「お家では日本語、外では英語」に統一したいのでお散歩や買い物中の私との会話も英語にしている。夫は英語が苦手なので(英語で授業してるくせに。。。)、今のところ娘に英語で話しかけたことは一度もない。まぁこれはこれでいいと思っている。そのうち二つの言葉を使い分けるようになれば「お父さんには日本語」が定着するはずだ。

ここ1カ月ぐらいの間に、プレイグループで遊んでるときに、簡単な英語での質問に答えたり、指示を理解して行動できるようになっていることに気がついた。例えば “Do you want to play with the blocks?” などの質問をすると、いやな時は首をふり、遊びたいときはニコッと笑ってブロックのところに行く。また、お菓子を娘に手渡しながら”Can you give this to Dan?” と言うとちゃんとお菓子を受け取ってお友達に渡しに行くことができる。

また、数週間前に友達の子供を2時間ほど 家で預かる機会があったのだが、その子は英語しかわからないため、その2時間は英語で娘にも話しかけることになった。自宅でまとまった時間英語で話すことは初めてだったが、かなりの単語を理解していることがわかった。娘はまわりの子たちより今のところ言葉が出てくるのが遅いためついつい赤ちゃん扱いしてしまうのだが、こういった場面では娘の成長を突然実感させられる。

 

日本語でのコミュニケーションは1歳過ぎからかなり理解度を示していたし、英語でもコミュニケーションがとれるようになってきたとなると、娘との日常が以前に増して楽しめるようになってきた。しかし同時に、ひとつ気になっていることがある。

今私が娘を連れて行ってるプレイグループはいくつかあるのだが、そのうちの2つは教会で開催されている。一つは教会の一部の部屋を借りているものの、運営は別の団体(というか個人)がしているので、アクティビティに宗教色はない。しかしもう一つの方は、歌とダンスの時間にいくつかキリスト教に基づいた歌が登場する。さらにその後のストーリータイム(お話しの時間。本の読み聞かせではなく、何人かの登場人物が出てくるお話しを短い劇のようにして子供たちに聞かせる)もキリスト教のお話しである。しかも子供向けのお話しなのでかなりシンプルな話なので私にとっては聞いていて余計インパクトがある。2時間ほどの滞在時間中の20分程度のことではあるが、「ゴッドが海も山も川も人間も動物もぜーんぶ作ったんだよ!」というような感じの話を毎週聞かせるはめになっている。歌もダンスもお話も上手にリードしてやってくれていて娘も楽しんでいるのでこれまでは宗教色に目をつぶってきた。これもイギリスの文化の一部、と私としては興味深いものでもあった。しかし、娘がある程度英語も理解しつつあることを知ってしまった今、私の心情は非常に複雑である。。

私自身はキリスト教徒ではないが、キリスト教に反対なわけではない。同様に他の宗教に対しても特別な立場はとるつもりはない。一部のカルトやテロリストグループのイデオロギーは別として。

娘にも特に宗教に対してはオープンでいて欲しいし、世の中にはいろいろな宗教や考え方があることを知って欲しいと思っている。よってある特定の宗教への傾きを促したり偏見をもたせたりするように働きかけることは避けたいと思っている。娘が大きくなってキリスト教を学び、自らキリスト教徒になることを選択するなら止めるつもりはないが、わざざわそれをセットアップはしたくないと思っている。にもかかわらず、今私がやっていることは娘のキリスト教への親しみを持つ助けになってしまっているはずである。

しかしながら、このプレイグループは来てる人たちがとてもいいのでできれば続けたいと思っている。引っ込み思案の娘が比較的のびのびと遊べているプレイグループでもある。親としては非常に悩ましいジレンマである。。。

ある日突然「お母さん、ゴッドってなーに?」って聞かれたらどうしよう。。。