Once Upon a Time...

東大卒のパートタイムママです。海外の田舎(今はイギリス)で取り組むバイリンガル育児が中心のブログです。

夫に家事をうまく頼む方法は娘に一人で遊んでもらうときに頼むやり方と同じだった

我が家では家事育児の大半を私がしています。結婚当初のスタートダッシュで張り切って家事分担を大量に抱え込んでしまい、後から大きく後悔しましたが、時すでに遅しで今に至ります。

それでも夫の場合は、交渉の結果「これは自分の仕事なのだ」と認識したタスクについては文句言わず責任を持ってやってくれるので、気づかれないように少しずつ、でも着々と夫の分担を増やしてきました。

そんな中、先日大きな発見がありました。

夫に家事をうまく頼む方法は、娘に一人で遊んでもらうときに頼む方法と同じだった

私は在宅で仕事をしています。基本的に仕事は娘が学校に行っている時間にしていますが、学校が休みのときなど娘が家にいるときに少し作業をする必要があることがたまにあります。そんな時に、私は娘に、「おかーさんちょっと今からこれ(娘にもわかるような言葉で作業内容を説明)をするから、〇〇(娘の名前)はこれをしててくれる?」と自分も何かすることがあることを言ったうえで娘に何かすることをお願いします。

そうすると、素直に提案を受け入れるときもあれば、自分で別にやりたいことを見つけてきてするときもあります。何れにしても、単に「ちょっとひとりで遊んでてね」というよりもスムーズにことが運びます。

この、「私はこれをするから、あなたはこれをしてくれる?」というスタイルの頼み方、夫に頼むときも使えることがわかりました。

I'll Wash You Dry

きっかけは、インテリア雑貨のお店でちょっとおしゃれな食器を拭くタオル(こちらではtea towelと呼ばれます)を目にしたことです。そこには、I'll Wash You Dry と書かれていました。

Ill Wash You Dry Dish Towels Decorative Dish Towels Flour | Etsy

 

写真は私が購入したものではないですが、こんな感じのイメージです。日本語で言うと、「私が洗うからあなたは拭いて」でしょうか。

うちには食器洗い機があるはあるのですが、なぜかキッチンから少し離れたユーティリティルームと呼ばれる小部屋に洗濯機といっしょに設置されているのです。この家のオーナーがスペースの問題で食器洗い機だけユーティリティルームに置いたらしいです。キッチンからわざわざ少し離れたところまで使用済みの食器を持っていくのは逆に手間なので、私が全部手で洗っています。

ちなみに以前住んでいた家は食器洗い機はキッチンの中にあったので(当たり前ですが)、食後にお皿を食器洗い機に入れるのは夫の仕事でした。一度自分の仕事と認識するとマメなタイプなので、食器洗い機用の洗剤がなくなりそうになるとスーパーに行ったときにも忘れずに買ってくるなどして責任をもってくれてたのですが、今の家に引っ越して以来、なんとなく食器洗いは私の仕事になってしまっていました。

むむむ、、、どうにかしたい、、と思っていた私は、この I'll Wash You Dryタオルをみて、これはいい!と思い即購入、すぐに新しいシステムを導入しました。食事後の食器洗いは、私が洗って、夫は私の横に立ちきれいになった食器を拭き、食器棚に戻します。

最初のリアクションは「えーーー」という感じだったのですが、「はい、どーぞ♪」とタオルを渡し、 2人そろってキッチンへ移動。半ば強制的に新システムへ移行しました。

 

たかが食器の位置されど食器の位置、、

さて食器拭き担当として動き出してくれたのは良かったのですが、夫は食器棚のどこに何を置いているかをざっくりしか把握していませんでした。これまで特に気にする必要がなかったため、自ら出し入れするグラスやコーヒーカップ、お箸の場所ぐらいしか意識していなかったのだと思います。

また典型的なO型の夫は、拭いたあとは適当に食器や調理器具を思いつくままの場所にしまっていきます。すると、私が次に使おうとしたときに、あれ?ない!ということに。夫に家事を一度頼んだら、やり方が気に入らなくてもダメ出ししないこと、とよくネット上の記事で読みますが、料理中にキッチン中のカバーを開けて探すのってストレスたまるんですよね。。。

そこで、食器棚内をどう使っているかをブリーフィングしました。今では、「お玉はここだったよね」と言いながら適宜収納してくれるようになりました。

 

 

世の中の旦那さんたちの中には、たとえ仕事が忙しくても率先して家事をしてくれるデキた旦那さんも多いようです。うちの夫もいつかは拭く担当から洗うところまで引き取ってくれないものか、と思ってしまいますが、いっしょに流しの前に立つことで夫婦のコミュニケーションの時間が増えたし、まぁ今のところこれで良しとします。

「私はこれをするから、あなたはこれをしてね」作戦は今後も使ってみる予定です。

ちなみにですが、I'll Wash, You Dryというフレーズですが、You wash, I'll Dry というバージョンもあるみたいです。

 

 

 

 

家庭でしてきた日本語学習 2歳編:暗黒の時代

家庭でしてきた日本語学習シリーズ、2歳編です。

2歳になったばかりの頃の娘は、バイリンガルどころか1言語も危ういのではという状況でした。はっきり言ってほとんど発語がない時期が長く続きました。2歳児の発語について育児系のウェブサイトにはよくこんな記述があります。 

 

一般的に、子どもは1歳頃に初めて言葉を発し、1歳半から2歳でニ語文、3歳までには三語文が話せるようになるといわれています。2歳頃の子どもは毎日の生活から、ボタン、スプーン、リュックなどさまざまな単語を覚えます。さらに、形容詞、動詞などの理解も進み、表現が広がるでしょう。

「でんしゃ きた」「わんわん かわいい」など、目にしたことや感じたことを話すこともあります。3歳が近づく頃になると「なぜ」「どうして」といった疑問文も増えるでしょう。

【医療監修】2歳児の言葉が遅い・しゃべらない!発達を促す5つの方法と先輩ママの体験談 | mamanoko(ままのこ)

 

うちの娘は2語文なんてまだまだまだ、といった感じでまともに発音できる言葉は数語でした。あとは「あーあー」「んー」のような音でコミュニケーションをしている状態でした。

多言語環境にいるのが問題なのかと疑いはじめ、英語に接している時間を短くするためにプレイグループに行く頻度を下げたりもしました※。我が家のバイリンガル育児ポリシーだったはずの「家では日本語」「外では英語」もやめて「家でも外でも日本語」に一時的に切り替えました。

そんな中で日本語の未就学児の集まりに出掛けると、同じ2歳の子たちはおしゃべりがどんどん進んでいてママとの会話が成立したりしているのを目の当たりにして驚き、落ち込み、そして焦り。。。ひまさえあればググって情報を探し、うちの子には何か問題があるのだと思い込み、スピーチセラピストが訓練に使うABA手法というのをYoutubeでみつけて見よう見まねでやってみたり。。

おまけにそこに魔の二歳児要素も加わり、しかも娘は話せないからか癇癪がひどかった。今思えば娘も相当フラストレーションがたまってたと思います。2歳になっていろんなことに意識がいくようになって、私に伝えたいことがたくさん出てきたころなのにそれをする手段(ことば)が追い付いてなくて。

私も追い詰められてしまいもう完全にうつ傾向でした。よく怒ってたし。ほんと暗黒の時代でした。娘(今は4歳)と同じ年ごろのお子さんを持つママと話していると、「2歳ごろが一番かわいいよね~♡」「あー、あの頃に戻ってほしい~」などという会話を聞くことがあります。

いやいやいや、私は絶対戻りたくないです。

 前置きがとっても長くなってしまいましたが、2歳の頃にしていた家庭での日本語学習の話です。話す方には時間がかかった娘ですが、読むことは得意でした。ひらがなとカタカナは2歳でマスターしていました。当時家で活躍していたアイテムをまとめます。

 

50音ポスター

 まずは壁にひらがな表のポスターを張るところから始めました。場所は家の中で娘が一番長い時間を過ごすリビングにしました。

日本に住んでいれば、お散歩をしていてもお店に行っても印字されたひらがなやカナカナがたくさん目に入ります。お家でおやつを食べていてもパッケージの印刷に目がいくかもしれません。そうやって読めるようになる前から毎日のように文字を目にしていれば、子供にとって自然とそれが身近な存在になるのだと思います。

残念ながら娘はその環境にいなかったので、50音ポスター(ひらがな表で、それぞれの文字に対応する絵も描かれているもの)を娘の視線の高さに貼ってみました。うちで使ってたのはくもんの学習ポスターです。

 

ひらがな くもんの学習ポスター ([教育用品])

ひらがな くもんの学習ポスター ([教育用品])

 

 

ただ貼ってるだけではあまり効果がないだろうと思って、気が向いたときに文字を指さして音読してあげたりしていました。

一番はじめの「あ」から始めるわけですが、娘もいっしょに「あ」を指さして、「あ!」と言うようになったので「すごいねー!読めたね!」と褒めました。すると他の字も指さして読みたそうにするようになったのですが、なんせその頃の娘が発音できる音は非常に限られたものでした。そこで、まずは本人が発音できる文字から教えることにしました。娘が最初に覚えたのは「あ」、次は「ん」、その次は「な」でした。

2歳のあいだに、ゆっくりでしたが、だんだん言える言葉が増えてきたので、新しい言葉が言えるようになるたびに、壁ポスターの前でゆっくり指で追いながら対応する文字を教えてあげました。

このくもんのポスターのいいところは、濁音や半濁音、「きゃきゅきょ」などの拗音も一覧に載っているところです。例えば「おちゃ」「ぶどう」などの言葉も、「ちゃ」は「ち」と小さい「や」で、、、「ぶ」は「ふ」にてんてんで、、、などと言わずに最初から指でさして見せてあげることができます。しかもこのポスターは「じゃじゅじょ」「ぴゃぴゅぴょ」など濁音/半濁音と拗音の組み合わせの音も全て載ってます。おかげで娘は特に抵抗なく全部まとめてコンセプトを飲み込めました。

 

文字が学べるおもちゃ

娘が産まれる前にお古でいただいた日本のおもちゃがいくつかあったのですが、その中に「キティとたのしくあいうえお」というものがありました。文字の書いてあるボタンを押せばその音を発音してくれるものです。似たようなおもちゃはいろんなメーカーから出ていると思います。

 

キティとたのしくあいうえお (音でおぼえるおけいこえほん)

キティとたのしくあいうえお (音でおぼえるおけいこえほん)

 

ずっとしまい込んでいたのですが、ふと思い出して娘がひらがなに興味を示しだした頃に出してみたら大ヒットでした。最初はボタンを押して遊んでいるだけのようでしたが、しばらくすると自分が知っている字を探して押したり、知らない字を何度も押して音を聞いたり、明らかに「学習している」という感じでした。

このおもちゃは文字探しやしりとりなどのちょっとしたゲーム機能もついていました。そのおかげで、ひらがなの読み書きができるようになった後もかなり長い間活躍していました。少しの間ひとり遊びをしていて欲しいときなどに重宝しました。

 

もうひとつのヒット商品はひらがなマグネットでした。うちで使っていたのは母が送ってくれたあんぱんまんのものです。

 

アンパンマン ひらがなマグネット

アンパンマン ひらがなマグネット

 

 マグネットがくっつく台紙もついていたのですが、うちでは冷蔵庫にはって遊んでいました。50音ポスターでするのと同じように最初は指さしをしながらゆっくり「これは〇という字だよ」と教えていました。

娘が覚えたひらがなが増えてきたら、「あ」はどれかなー?というように私が聞いて、娘が見つける、というゲームをよくしました。そして正解だった場合は冷蔵庫の上の方に動かしてまとめるなどをすると、だんだん上の方に貼るマグネットが増えてきて、達成度を可視化することになり私も娘もモチベーションが上がりました。

ひらがなをマスターしたあとも、いくつかの文字を組み合わせて知ってる言葉を作ったりして今でも遊んでいます。

余談ですが、娘は「おかあさん」はかなり長いあいだ言えなかったのですが、「あんぱんまん」はわりとあっさり言えるようになっていました。なぜ??アンパンマンすごいです。

 

絵本の読み聞かせ

0歳のころは赤ちゃん向けの絵本をおもちゃのようにしてさわって遊んでいるだけでしたが、1歳ごろから読み聞かせをよくするようになりました。

ストーリー性がある本もよく読みましたが、文字の学習としては、いもとようこさんのかわいい絵の「あいうえおのえほん」という本がとても良かったです。

あいうえおのえほん

あいうえおのえほん

 

 

単に50音だけが書いてあるのではなく、それぞれの文字から始まるリズムのいい文章が書いてあるので子供も飽きないです。確か1歳になる前ぐらいに試しに寝る前の時間に1日1行(今日はあ行の5文字、とか)読み始めた気がします。

しばらくするうちに、娘の方から今日はここ読んで、とリクエストをするようになりました。自分で読めるようになってからも、わりと長くお気に入りの本でした。

実はこの本もいただきもので、たまたま家にあったので読んでいただけでした。でももしこの本がなかったら、娘の文字への関心を早いタイミングでキャッチしてあげることができていなかったかもしれないです。この本を譲ってくれた友人に感謝です。

 

 あの頃をふり返ると・・・

娘が4歳になった今では、彼女の言葉が遅かったのは性格によるものが大きかったのではと思っています。

赤ちゃんの頃から娘はなんでも慎重派でした。歩き出したときも、随分と長い間つたい歩きをしていました。一体いつになったら歩き出すのだろうかと思っていたら、家具から手が離れた!と思った翌日にはもう走っていました。自分で食べられるようになったのも、トイトレ、人見知りしなくなったのも全部同じパターンでした。何でもできるようになるのは突然でした。自分の中で「いける!」と思うまでは時間がかかるものの、そのあとの展開は早いタイプみたいです。

でも3歳過ぎぐらいから性格が変わってきて、初めてのことやちょっと難しそうなことでも積極的に自らやってみるようになりました。この頃はやっと娘に訪れた「言葉の爆発」期と重なっていた気がします。言葉によるコミュニケーションができるようになったのが娘に自信を与えて、自分のセーフゾーンから出てきた気がします。

2歳のあいだは娘は自分のセーフゾーンの中にいたかったんだと思います。それでも周りを観察しながらたくさん学んでいたはずです。それを私は他の子の様子やインターネットの情報に振り回されて、言葉や積極性の面で無理やりセーフゾーンからひっぱり出そうとしていた気がします。ごめんね、今ではすごく反省しています。

 

そして暗黒の2歳が過ぎたあとは雪どけの3歳がきました。3歳のころの日本語学習はこちらの記事に書きました↓

 

 

※バイリンガルの子供は話し出すのが遅いということは今の医学では証明されていないようです。多言語環境にいる子供も1言語だけ話す子供と同じように言葉の発達が見られることが報告されています。つまり、①話し出すのが遅いということと、②多言語環境で育ったということの2つは独立の問題(関係ないこと)だそうです。

ただ、うちの娘のようにたまたま話し出すのが遅かった子供が、多言語環境で育った場合は、2つ以上の言葉を聞いて育つことはさらなる言葉の遅れにつながるのでは、と個人的に思っています。もしかしたらもうこのあたりのことを扱った研究があるかもしれないので、見つけたまたブログで書いてみます。

 

 

 

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家庭でしてきた日本語学習 3歳編:雪どけの時代

今日は家庭でしてきた日本語学習の話です。記憶が薄れないうちに書いてみます。

まずは3歳編です。娘は2歳のあいだはなかなか発語が増えず、私も焦燥感からかなりストレスをためてしまいました。そこに魔の2歳児的な要素も加わりまさに暗黒の時代でした。。3歳になると急におしゃべりも増え、会話も成立するようになりました。長かった暗黒の時代の後にやっとやって来た雪どけの時代でした。

娘はアメリカ(の田舎)で生まれ、生後半年のときにイギリス(の田舎)に引っ越してきました。田舎なので駐在の方なども少なく、周りに日本語を話す人が少ない環境だったので、私が日本語を教えないと!とけっこうプレッシャーに感じていました。

3歳までは保育園や幼稚園に通わせなかったのですが、日本語の基礎をしっかり作ることもその理由のひとつでした。(あ、2歳半で良かれと思ってお試しで一時保育的なところに預けようかとしたこともあったのですが、あまりに号泣し親子ともに耐えられず断念したという経緯もあります。。)

午前中はだいたいプレイグループと呼ばれる親同伴で遊ばせる場所に行って、家に帰ってきてランチ→昼寝、午後は用事がなければ夕食の時間まで家でいっしょにいる、というルーティンでした。プレイグループや外出時は英語環境なので、意識的に日本語学習に時間を使っていたのは、昼寝から起きてから夕食までの数時間です。私も家事をしながらでしたし、そもそも3歳児が長時間集中できるわけもなく、大したことはできませんでした。でも今になってあの時にやってたことは意味があったなーと思うので、どこかの誰かに役に立つことを願って書いてみます。

 

しりとり

言葉遊びのテッパンですね。語彙を増やすにはもってこいでした。娘は今でもしりとりが大好きで待ち時間や車の中でよくしています。

特に海外で子育てをしていると、日本でなら日常的に接するであろう言葉になかなかふれることができないこともあります。例えば「でんしんばしら」。イギリスは日本より電柱や電線の埋没率が高いです。しりとりで「うで」や「ふで」が出てきたらの次に「で」で始まる言葉を探さないといけないのですが、そこで私が「でんしんばしら」を言わなかったら娘がこの言葉に出会うのはかなり後になっていたと思います。

他にも、「ぎんこう」など、3歳児相手の会話には普段あまり使わない言葉の説明をする機会にもなりました。「ぎ」など濁音で始まる言葉ってなかなか思いつかないので、苦し紛れにちょっと難しい言葉を持って来ざるをえないんですよね。

あとは「そんな言葉を知ってたの!」というような言葉を娘が言っておどろかされることもよくありました。私の反応を見て娘もちょっと難しい言葉を言っておかーさんをおどろかせてやろう、というモチベーションになっていたような気がします。(記憶に残っているのは「べ」で始まる言葉を探していたときに「べそっかき」と娘が言ったときです。べそっかきって今は口語であまり言わないですよね。絵本に出てきたのを覚えていて使ってみたようです。)

 

あいうえお作文

さ                  んがるーの

すの                 って

えで                 れた

らそうな               むくじゃらの

っとせい               ぐま

あいうえお、かきくえこ、などを頭文字にした言葉をつなげて文章をつくる遊びです。私は小さい頃あまりやった記憶がないのですが、谷川俊太郎さんのこの絵本で知りました。

 

www.ehonnavi.net

 

ちょっとシュールな絵なので初めはどうかなと思ったのですが、すっかりお気に入りになり今やボロボロです。頭文字を最初に決めて文章を作っていくので、どうしてもおかしな文章になってしまうのですが、それがなかなか楽しいです。

私たちがやっていたのはもっぱら人の名前でのあいうえお作文でした。まずは娘のフルネーム、次に私や夫の名前、「おかあさん」や「おとうさん」で作ることもよくありました。思ってもみない詩的な文章ができあがることもありました。大人としてはしりとりよりも楽しめる要素が多かったです。

 

お手製のなぞり書きプリント 

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文字の練習用のワークブックは、薄く印刷してある文字を子供がなぞって運筆練習をするものが多いと思います。娘は今も昔もあまり書くということが得意ではないので、ワークなどは上手に書けないとわりとすぐに投げ出してしまいます。

そこで、メモ用紙や白紙のコピー用紙に私が点をつなげて文字を書き、娘が点をつなげながら字をなぞる、という遊びをするようになりました。

初めは時間つぶし程度にやっていたのですが、いつの頃からかこれは我が家では「てんてん」と呼ばれるアクティビティになりました。娘も「おかーさんてんてんしてー」とよく紙を持ってきていました。ひらがな、カタカナ、アルファベット、ほぼ全部これで書く練習をしたような気がします。なぞってばかりだと自分で書けるようにならないかと思い、同じ言葉を4つぐらいなぞったあとに自分で書くスペースも作ってみたりしていました。

ちなみに娘はなんでも私や夫に書いてもらうのが大好きです。塗り絵も私が下絵を描いて娘が塗る、というのを今でもよくやります。最近のブームは「おかーさん迷路書いて!」。迷路書くのってむずかしい。。。

ただ、娘は何度もお手本を見ながら同じ字を繰り返して書く、という練習をしていないため、今でも微妙なかたちの字も多いです。「とめ」とか「はらい」とか正しい書き方はあまり身についていないです。やる気を優先させるために私が厳しく言ってないからだと思います。来年から通う予定の日本語補習校(在外児童のための日本語学習の場です)で指摘されると思うので、そこで嫌になってしまわないことを今から祈るばかりです。。

 

こどもちゃれんじ

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※娘が書いた 「はなちゃん」(しまじろうの弟です)

こどもちゃれんじには本当にお世話になってます!1歳のころから始めてもう3年目です。

私が必死に探さなくても毎月年齢にあった教材が届くので安心です。うちではプラス500円で毎月絵本を一緒に届けてくれるサービスにも入っているので、娘はこちらの絵本も毎月楽しみにしています。私だったら選ばないような本の月もときどきあるので、本のバリエーションも増えていいです。

ちゃれんじを購読していて良かったと思う点はいくつかあるのですが、中でも娘の話す日本語が子供らしい自然な日本語になった、という点があります。娘が普段耳にする日本語は私と夫が話すもので9割を占めます。同世代の日本語を話すお友達と遊ぶこともあるのですが、場所柄そういった機会はそう頻繁にはありませんでした。そんな環境にいた娘も、しまじろうのマネをして、「だって〇〇だもん!」などのような子供特有の話し方をするようになりました。

あとは、イギリスにいるとうっかり忘れてしまいそうな四季折々の日本の情景(夏の花火とか秋の虫の声とか、、、どちらもイギリスにはありません)になんとなくでも触れられるのはとてもいいなと思います。

 

絵本

一番最後に書いてしまいましたが、やはり娘の日本語に最も影響を与えたのは絵本の読み聞かせかなと思います。子供といっしょに本を読むことについては先日こちらの記事に書きました。

 

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3歳のあいだは月に1回程度行っていた日本語のプレイグループで本の貸し出しサービスがあり、月に5冊ほど借りて読んでいました。このプレイグループにも本当にお世話になりました。高速をぶっ飛ばして往復3時間弱かかるの場所にあるので連れていくのが大変な時期もありましたが、ここのおかげで日本語の絵本をたくさん読むことができました。あとは日本に一時帰国したときに買って持って帰って来たり、両親や義両親がたまに送ってくれたりしました。

お気に入りの本シリーズはまた別記事でいつかご紹介したいです。

 

子供といっしょに本を読むことは立派な愛情表現

読書の秋ですね。私は本を読むことが好きです。物心がついた頃から、常に「今読みかけの本」というものがあった気がします。数日で一気に読み終えてしまう本から、途中で本棚に戻して、時間が経ってからまた続きを読みだす本、いろいろです。忙しくて本を読む時間が確保できない時期が続くとすごくストレスを感じます。「活字を目で追う」という行為自体がリラクゼーションになっているのかもしれないです。

読むことというのは私にとって精神安定剤でありエナジードリンクでもあります。

娘が産まれてからは、娘といっしょに本を読む時間も増えました。産まれたてのころは赤ちゃん向けの文字の少ないカラフルな絵本。4歳になった今では娘と読む本はページ数も多く、お話の内容も複雑になってきました。 

ゆっくり本を読む時間を持つことで私は幸せを感じます。だから娘に本を読んであげることは私から娘に幸せな時間をプレゼントするストレートな愛情表現でもあります。

 

読むことで得られらるものは多い

外国のかわいらしい街並みや、美しいけどちょっと不思議な風景などを「絵本の中の世界」と表現することがあります。少し現実離れした、という意味でも使うと思いますが、まさに本を読むことは今自分がいる現実からどんな遠いところまでも連れて行ってくれます。

子育てをしていると、子供にいろんな体験をさせてあげたいという思いから、子供といっしょにたくさんお出かけをしようと思ってしまいます。でも当然ながら限界があります。週末のたびにお出かけをしていると体力的にも経済的にも負担が大きいです。

ところが絵本の世界にはその限界がありません。海でも動物園でも外国でも地下の世界でも月でもいつでも行けます。大人だって実体験に基づいた知識よりも本で読んだ知識の方が圧倒的に多いと思います。生まれてきてまだ数年の子供ならなおさらです。

年齢が上がってくると、子供は何か新しい経験をするたびに、前に本で読んだことをリンクさせるようになるそうです。(私はこの部分が子供が本を読むことの一番の効果だと思っています。)例えば、悲しいお話を読んだときは主人公の気持ちになって悲しい気持ちなる。主人公が思った通りに行かなくて不満に思う場面では、いっしょにフラストレーションがたまる。こういった感情をお話を通じてある意味「予習」することで、実際にその感情を自分が体験したときにパニックになりにくいのではと思います。

いっしょに本を読みながら「この子はいまどういう気持ちかな」「きっと自分の気持ちがわかってもらえなくて悲しいんだね」などと子供と話しをしながら読むことで、感情にラベルを貼るような作業ができると思います。娘にはこの効果がありました。まだおしゃべりが拙かったころに、娘が言っていることを私が理解できないでいるとギャーっと癇癪を起すことがよくありました。でも本のなかで一度「自分の気持ちがわかってもらえなくて悲しい」という場面を読んで以来、感情を爆発させることが少なくなりました。

 

 

読めるようになるにはトレーニングがいる

認知心理学者のスティーブン・ピンカー教授は、子供の脳をコンピュータに例えて、「子供は音は生まれながらに受信できる状態にあるが、活字(を読むこと)はオプションであり、苦労して埋め込まないといけないアクセサリだ」と話します。(拙訳すいません。原文は"Children are wired for sound, but print is an optional accesory that must be painstakingly bolted on.")つまり、子供は周りがなにもしなくとも自然と言語を理解するようにはなるものの、その言語が書かれたものを読むという行為については努力しないとできるようにならない(自然に読めるようにはならない)ということです。

これは子育て中の人なら誰でも知っていることかもしれません。子供が話せるようになるには先生がいらなくても、読めるようになるには誰かに教えてもらう必要があります。これは第二言語についてもそうです。例えば日本語を母語とする子供がいわゆる「英語耳」になって自然と英語を理解し話すことができるようになっても、読む方はフォニックスをいちからやる以外に方法はありません。

ところで、人が活字を読むときに脳のどこの部分を使うかは言語によって違うそうです※。アルファベットで書かれている文章を読むときは左脳が使われ、中国語を読むときは左脳と右脳の両方を使って読むそうです。

おもしろいのが日本語です。私たちが日本語を読むときは、かなを読むときはアルファベットと同じ部分、漢字を読むときは中国語と同じ部分を使って読むそうです。アルファベットは26の文字の組み合わせで構成されているのに対して、中国語は何千もの文字を記憶して読むので直感的になんとなく理解できる気がします。イメージで記憶するのは右脳記憶といいますよね。

かなとアルファベットは脳の同じ部分を使って読むのなら、日本人の子供であれば先にかなを習得しておけばその部分の脳が活性化されて、後でアルファベットをやるときにスムーズになるということもあるのでしょうか。ないかな。。あとは漢字を少しでもやっていれば中国語と同じように右脳を使うので、英語を学ぶときに暗記するしかない sight words (サイトワード)が出てきたときに強い、かな。。単なる希望的観測ですが。

 

子供といっしょに本を読むことは立派な愛情表現

赤ちゃんがお座りができるようになってママやパパの膝の上に座れるようになるころから、赤ちゃんは本を読んでもらうことで愛情を感じるようになるそうです※。うちでも娘が6カ月ぐらいになったころには寝る前の読み聞かせは定着していたように思います。とは言え、当時は娘はもちろんまだまだ赤ちゃんなので、私が少し読んで、あとは娘に本を少しさわらせて遊ぶ、という感じでした。でも言葉のリズムとか絵とかで赤ちゃんだった娘なりにお気に入りの本はいくつかありました。

思い返せば、私も小さい頃によく親に本を読んでもらっていたような気がします。実家は共働きで私は3か月から保育園に行っていたのですが、本を読んでもらうことで親子の時間が充実したのかもしれないです。

私は自分で読むより読んでもらう派だったので、わりと状態がいいままで当時読んでもらっていた本が残っていて(残しておいてくれた母に感謝です)、今は何冊か娘に引き継がれています。娘は自分で読むのが好きなので、カバーは外しておかないとすぐボロボロになるし、ページもめくりすぎてほどけそうになっているのも多いので次の世代には引き継げそうにないです。

それでも、今でも寝る前の本だけは読んで欲しがります。もうお膝の上に乗せて読むのは重いので床かベッドに座ってもらいますが、寝る前に本を読む時間は私の育児の中で一番大事な時間です。日中イライラして怒ってしまっても(よくあります)、寝る前のこの時間を使って娘に「おかーさんは怒ってても〇〇(娘の名前)大好きだからね」ということを伝えることができます。

今娘の本棚は本であふれていて、もう読まなくなってそろそろ処分すべき本も増えています。さすがに一部は段ボールに入れて別室に保管してあるのですが、娘も私もなかなか断捨離ができません。それぞれの本を読みながらいっしょに共有した時間を思い出として頭の中(心かな)にしまって、本自体は処分しないとと思っているのですが難しいです。

 

※Maryanne Wolf (2007) Proust and Squid, pp 62.

 

 

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家で母語を話すバイリンガルの子供はIQが高いという話

我が家では「家では日本語」「外では英語」をできる限り徹底している。娘が産まれて以来このやり方でいいのかと悩みながら来ているのだが、勇気づけられる研究結果を読んだので少し前のニュースになるがご紹介したい。

 

家で母語を話すバイリンガルの子供はIQが高い

 

BILINGUAL CHILDREN WHO SPEAK NATIVE LANGUAGE AT HOME HAVE HIGHER INTELLIGENCE

https://www.reading.ac.uk/news-and-events/releases/PR773873.aspx

 

自宅で日常的に母語を使ってコミュニケーションをしているバイリンガルの子供は、そうでないバイリンガルの子供と比べてIQが高いという研究結果がでたそうである。

研究の対象となったのは、イギリスに住む7歳から11歳のバイリンガルのトルコ人の子供たちである※。対象となった子供たちは全員学校では英語で教育を受けている。しかし家庭ではトルコ語(母語)を話す子供の方が、家庭でも英語(第二言語)を話す子供よりIQテストのスコアが高かったとのことである。

この調査を行った研究者によれば、2つの言語で言葉を学ぶプロセスとして、「小さいうちに第一言語でその言葉のコンセプトをつかんでおいて、後から(学校で)第二言語でそれを意味する言葉を学ぶ方が理解しやすい」そうである。

このことは直感的にも納得しやすい。何か新しいコンセプトを学ぶときに、それをあまり馴染みのない言葉でやるのは難しいということは容易に想像できる。

この研究を行ったグループは、外国で子供を育てている人は、家庭で子供と話すときには母語を使い続けることで子供の知能を伸ばすことができると説明する。

 

家庭で母語を話し続けるには相当な努力が必要なこともある

子供が学校に行くようになると必然的に子供は一日の中で英語で話す時間が増えてくる。親と遊ぶよりもお友達と遊ぶ方が楽しくなってくる年ごろでもある。親と話すときしか使わない言葉よりも、学校で友達や先生とコミュニケーションをとる言葉の方に興味が出てくるのはある意味当然かもしれない。

今回の研究は、両親のうち少なくともどちらかが大学を出ている家庭が抽出されている。このことから、調査に使われた親の多くは英語もある程度は話せる人が多いと考えられる。それでも敢えて母語で話し続けるには親側にも相当の努力がいる。子供が英語で話したがる場合は、気を抜いていると子供との会話の中で英語が占める割合がどんどん増えていってしまうからだ。

子供が英語で話しかけてきたときに親が母語(便宜上以下日本語と書く)で返すと、鬱陶しく感じる感じる子供もいるだろう。余計に英語に固執してしまうこともあるかもしれない。

 

親が英語ができない方が子供はバイリンガルになりやすい?

私が今までに会った完璧なバイリンガルの友人の中で、とても優秀な人が二人いる。正確に言うとそのうち一人はもう1言語できるのでトリリンガルである。二人とも日本語と英語ともに単に話せるだけではなく、非常に高い文章力及びコミュニケーション能力を両言語で持っている。初対面では「視野の広いしっかりした考え方の人だな」という印象を受けた。とても自然で丁寧な日本語を話すので明らかな「外国帰り」という雰囲気ではない。2人とも海外で生まれ育ったが、日本の上位の大学を卒業し、今は国際的な仕事に就いている。

そんな2人に如何にしてバイリンガルになったのかを詳しく聞かせてもらったことがある。この話はまたいつか整理して記事に書きたいと思っている。

2人に共通していたのが、家では常に日本語があふれている状態だったということである。両親との会話はもちろん、日本語の本、教材、通信教育、(近くにあれば)補習校、、。今のように手軽にYouTubeで日本語の動画を見せてあげられる時代ではなかったため、ご両親がかなりのエネルギーを使って自宅での日本語環境を整えていたことが想像できる。

また、その2人のうちの一人は、「両親が英語が得意じゃなかったのが良かったのかも」と最近になって思っている、と話してくれた。学校に行き始めてだんだん英語の方が楽になってくる時に親にも英語が通じてしまうと、頑張って日本語をひねり出して話す作業が面倒になるのだろう。

我が家では「家では日本語」「外では英語」で通しているものの、私と娘が他の親子と一緒に出掛けるときなど、娘は私が英語を話すところを小さい頃からよく見ている。一方で、夫が英語を話すところを娘はあまり見たことがない。週末などに家族で出かけてレストランなどでオーダーするときぐらいだ。夫は家族ぐるみの付き合いが苦手なため、イギリス人のママ友宅へのお呼ばれなども年に数回しか来ない。家でも夫はもちろん一貫して日本語なので、娘は3歳半ぐらいまでおとーさんは英語ができないと思っていた。ある日私がおとーさんは英語で授業してるんだよ、と言ったらものすごくびっくりしていて笑ってしまった。

しかしもしかしすると、これが功を奏して娘の日本語が伸びた可能性もある。娘は私相手に話しているときはポロポロ英語が混じることが多くなってきたが、夫と話しているのを聞いていると100%日本語で話している。また夫は4歳児相手の会話でも難しい単語を容赦なく使って話すため、娘の語彙力アップに貢献しているのかもしれない。

 

最後に

これから小さな子供連れで海外へ引っ越す人の中には、自分が英語があまり得意でないとどうやって子供の英語をサポートしたらいいだろうと不安になる人も多いかもしれない。海外にいる間にぜひ子供に英語を身に付けてもらいたいと思いつつも、自分の英語力が、、と心配になる気持ちもわかる。

でも家では子供に苦手な英語で話す必要は全くない。子供が日本語力をキープしつつ英語(もしくは他の現地語)を習得するのには、親が英語ができない方がきっとうまくいく。

日本人ママと現地人パパの国際結婚夫婦でも似たような話をよく聞く。海外在住の国際結婚カップルで子供をバイリンガルに育てようとしている人たちは一人一言語ルール(ママは日本語、パパは英語、のように)で取り組んでいるところが多い。でも日本人ママの英語が流暢であればあるほど、自然と家族の会話が英語に傾斜していき、「ママとは日本語」「パパとは英語」がキープしにくくなる。

海外に住んでいると、つい英語力アップの方に意識がいきがちである。でも海外にいるからこそ、子供と質の高い会話を母語でたくさんしてあげる方が長い目でみるとずっと意味のあることだと思う。

 

 

 ※トルコ語はインドヨーロッパ系の言語ではないため、イタリア語やフランス語などと違って英語とは関連性が低い言葉である。日本語もトルコ語と同じく英語と関連性の低い言葉である。よってこの研究結果を英語圏に住む日本人の子供の言葉の発達の参考にしても問題はないのではと思う。

 

 

ブログタイトル変えました

 

 タイトル変えました!

「海外田舎暮らし主婦のもやもや日記」というタイトルでこれまでブログを書いてきましたが、もやもやしていた部分がだいぶ解消されてきたのでブログタイトルと中身が合わなくなってきました。

 

kamemari.hatenablog.com

 

 

そこで、アクセス数から判断するに私のブログ記事の中では、研究者ネタ系とバイリンガル教育系の話がよく読まれているようなので今後はこの2つに焦点をあてたブログにしようと思います。

イギリス文化の記事はもっと詳しい方々がたくさん書いているのでわざわざ私が書かなくてもいいことに今さらながら気がつきました💦

 

私たち夫婦は東大卒です

今までブログでは書いたことありませんでしたが、私たち夫婦は二人とも東大卒です。正確には私は院(修士)だけ東大で学部は他校なので「なんちゃって」と言われるかもしれませんが。夫は学部も院(修士)も東大です(その後アメリカの大学で博士号をとってます)。

東大まで行ったのに専業主婦をしている、というのが自分の中でどうも整理できない時期があり「もやもや日記」を書いていました。でも全ては「過程(=プロセス)」だということに気づいた頃から、過去にとらわれる必要はなく今を楽しめる余裕がでてきました。今は在宅でできる仕事も見つけたので、育児とのバランスをとりながらそちらも頑張ろうと前向きです。

お子さんの幼児教育や受験などに力を入れておられるブロガーさんの記事を読んでいると、やはり東大入学というのはひとつの目標として頭に置かれている方も多いようです。私たちの娘はまだ4歳なので大学はまだまだ先の話です。でももし日本で大学に行くことになればぜひ東大に行ってもらいたいなぁとなんとなくは思っています。

そこでここはひとつ東大卒夫婦というのを全面に出したブログにしてみようと思いいたりました。

それに加えて、在外研究者を取り巻く現実を妻目線で引き続き書いていきたいと思います。

 

言葉の学習の目指すところ

私は東京で外資系の会社で働いていたこともあり、まわりにバイリンガル・マルチリンガルの人がたくさんいました。いろんなパターンの人がいましたが、海外で生まれ育ってわりと大きく(高校生とか)なってから帰国した人たちは大きく2種類にわかれるように思いました。両親ともに日本人か片親だけが日本人かにかかわらず、英語(もしくは他の現地語)ネイティブでさらに読み書きも含め日本語も問題ない人たちがいる一方で、日本語は日常会話止まりの人たちも多くいました。後者の人たちは本人のアイデンティティも日系〇〇人、という印象を受けました。

私たちは今海外で娘を育てていますが、娘は日本人として育てたい(しいて言うなら「国際的な日本人」として育てたい)という思いがあり、日本語が不完全だとやはり文化を理解するのは難しいと思っています。

環境的なアドバンテージを活かして英語を習得してもらいながら、いかに日本語力を伸ばすかが今後の課題だと認識しています。

そこで今後はバイリンガル教育に関して思うところや、家で取り組んでいる言葉の学習などを記事に書いていこうと思います。

引き続きよろしくお付き合いください! 

イギリスのバースデーパーティ事情

週末は娘の友達のお誕生日パーティでした。パーティ会場を貸し切って、子供が30人ぐらい(!)とその保護者たちが参加し、お誕生日の子のおじいちゃんおばあちゃんやら親戚やらで、かなりの人数のパーティでした。

 

今回は娘のナーサリー(幼稚園)時代の親友Cのバースデーであり、このお友達とは学校が離れてしまったため夏休みに遊んで以来ひさびさの再開となりました。招待したお友達が他にもたくさんいるにも関わらず、娘と私が会場に到着するとCは娘のところにすっとんできて、パーティ中もずっと2人は手をつないで遊んでいました。一時期はものすごく引っ込み思案で、公園で知らない子が寄ってきただけでこわがって泣いていた時期もあったうちの娘が、こんなにも仲の良いお友達ができる日が来るとは、、、と2人が嬉しそうに再開を喜ぶ姿を見て私は若干うるうるきてました。

 

が、暖かい気持ちになったのは最初の数分程度だけで、残り2時間は私にとっては非常に苦痛なパーティでした。。というのも、招待されていたゲストはほぼ全員Cの今の学校のお友達であり、私は面識がある人はCのママのみ。そのママもパーティ中は何かと忙しそうに動き回っていたので私はひとりでぽつんと座っているしかなく。時おりフレンドリーそうなママと会話が始まるも、長くは続かず、、、

 

その理由は、そのパーティがディスコパーティだったから。ディスコとは日本語でいうとちょっと懐かしい響きがするあのディスコです。バカでかい音量でダンスミュージックがかかり、ホールいっぱいの子供たちが踊り狂っているので、かなり声を張り上げなくては会話はできません。こちらでは小学校でもディスコナイトがときどき開催されます。

 

ちなみに私たちは先週末も似たようなパーティに呼ばれて行ってきています。イギリス人は本当にお誕生日パーティ好きで、クラス全員を招待したりして盛大にやります。一クラスに30人前後いるので、全員のに行っていたら毎週末のように誰かのバースデーパーティに行くことなります。だいぶ慣れてきましたが、このイギリス人のバースデーパーティ文化には最初かなり衝撃を受けたのでまとめてみます。

 

子供のバースデーパーティ

2歳ぐらいまでは、親しいお友達(親の)を数人家に呼んで、大人はお茶しつつ子供を遊ばせるのが一般的です。夏生まれの子だと公園でのピクニックパーティも人気があります。いずれにしてもケーキのろうそくを子供がフーっとするところがメインイベントでなごやかなパーティです。中には1歳のバースデーから張り切って大がかりなパーティをする親もいますが、それは少数です。

 

びっくりするのは3、4歳以降のパーティです。まず、自宅で開催される率がぐっと下がります。よくあるのはソフトプレイと呼ばれる、室内の遊び場。トランポリンや滑り台が組み合わさった遊具があり子供たちが自由に遊べるところです。イギリスは天候が悪い日が多いのでこういった室内遊び場は充実しています。

 

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次に多いのが、区役所などが持っている催事場です。コミュニティホール、ソーシャルクラブなど呼び名はさまざまです。教会内のホールが使われることもあります。こういったホールは多目的施設のため備え付けの子供向けの遊具などはないので、親は別に調達することになります。移動式のソフトプレイ(トランポリン等)、DJ、マジシャン、フェイスペインティング(顔に専用の絵の具で絵を描いてくれる)、移動ミニ動物園(小動物を連れて来てくれる)、などなど。車内が滑り台やトランポリンがあるソフトプレイに改造されていている2階建てバスが会場、というパーティもありました。

さらに動物園や水族館にもキッズ用のパーティルームがあり、そこを利用する人もいます。

普通パーティの所要時間は2時間程度で、最初は少し自由に子供たちを遊ばせてから、何らかのエンターテインメント→食べ物がサーブされ、ケーキが登場→お誕生日の歌を歌って主役がろうそくを吹き消す→再び自由時間の後におひらき、というパターンが多いです。帰るときには小さな袋に入ったお土産をもらいます。中身は切り分けたケーキと、小さなおもちゃとかお菓子類です。(この袋に入っているのは大抵がジャンクなお菓子と景品などによくある安っぽいプラスチック製のおもちゃなので私は好きではないですが。)

 

大人のバースデーパーティ

イギリス人は大人になってもバースデーパーティが大好きです。特に30歳や40歳のような節目の歳になるバースデーは気合の入ったパーティが企画されます。レストランやバーなどで皆で騒ぐというシンプル?なものから、数人で旅行に行って旅先でパーティする人もいます。

 

日本でも友人たちととレストランなどでお祝いすることはあると思いますが、違いは誰が主催するかです。イギリス人は自分で自分の誕生日をプロデュースするのです。日本だと例えば誰かのお誕生日が近くなれば、本人ではない別の人が食事会などを企画するのが一般的ですよね?サプライズで名前入りのデザートプレートなどを注文しておいたりするかと思います。ところがイギリスでは自分の誕生日パーティは自分で企画し、人を呼びます。私は初めて大人のバースデーパーティに招待されたときはてっきりその人の子供のパーティかと勘違いしてしまいました。

 

私はイギリスの会社で働いたことがないので実際に見たことはないのですが、自分の誕生日にオフィスにケーキを持っていって配ることも一般的だそうです。この自分の誕生日にケーキを持っていって配るという習慣は学校にもあります。子供たちも自分の誕生日当日には学校にケーキ(配りやすいようにカットされたケーキやカップケーキ等)を持っていきます。未だに自分の誕生日なのにケーキを人にあげる、というのが私はどうもしっくりきません。。。自分の誕生日なんだから誰かに用意してもらえるんじゃないの?と思ってしまいます。 

 

うちの娘の誕生日は3歳までは家族で旅行、4歳は自宅にお友達を招いてパーティをしてお祝いしました。5歳の誕生日は他の子みたいに大がかりなパーティをしたい、と言い出しそうで今からこわいです。。

ノーベル賞受賞と「内助の功」報道の気持ち悪さ

今年も日本人の研究者がノーベル賞を受賞したことで、それを支えた妻の「内助の功」を強調する報道が過熱しているようである。

以前こんな記事を書いていたのを某新聞社の記者さんに見つけていただき、私もコメント取材を受けた。

 

kamemari.hatenablog.com

 

 

私の夫も研究者であり、論文掲載のための長距離マラソン ("publication race") を激走中である。日々のプレッシャーは莫大なもので、その妻である私は「内助の功」を期待される立場なのかもしれない。

 

この「内助の功」報道について思うところを改めて書きたい。

 

今年のノーベル医学賞を受賞された本庶さんの会見が話題になっている。

冒頭、本庶さんは「落ち着いて考えてみますと、幸運な人生を歩んできたと言わざるを得ない。本当に幸せだった。多くの共同研究者、テクニカルスタッフ、秘書などにサポートしていただいた」と振り返った。

 その上で「家庭のことにはあまりタッチせず、研究にまい進した。こういう人生を2度、やりたいというほど、充実していた」と述べ、研究に没頭できる環境を作り出してくれた滋子さんを持ち上げた。

 その後の取材などでも「僕は家庭のことは何もしなくて、すべて妻に任せきり。(研究のため)十数回、引っ越ししていて陣頭指揮を全部とってくれた」「(滋子さんは)神様みたいな人」とたたえた。

研究で転居十数回、妻が陣頭指揮「神様みたい」(読売新聞) - Yahoo!ニュース

 

思わず後半部分を二度読みしてしまったのだが、正直なところ非常に違和感があった。

何か仕事で大きな業績をあげた男性が、「家庭のことは一切ノータッチで仕事ばかりしてました」と臆面もなくカメラの前で言える文化はそろそろ終わってもいいのではないだろうか。しかもそれが「美談」として扱われるのはどうかと思う。 

今ノーベル賞を受賞されたりその候補になるような研究者は70代かそれ以上の人が多い。そのことを考えると、価値観の変化はすでに始まっていて、今の30~40代ぐらいの研究者が将来ノーベル賞を受賞する際には上記のような発言はない時代になっているとも考えられる。というか、なっていて欲しい。

少なくとも、仮にそれ(家事育児は妻に任せっきりで仕事だけしていた)が事実でも、そんなこと恥ずかしくて言えない雰囲気にはなっていて欲しい。

 

とは言うものの、私は「内助の功」を全否定したいわけではない。相手が大変なときにお互いを支え合うのはむしろ夫婦の自然な形だと思う。

私は個人的には、この「支え合う」(=夫婦間のサポートが一方通行ではない)という部分がポイントだとは思うのだが、例えば仮に本庶さんご夫婦(特に奥様)がそれでハッピーであれば外野がとやかく言うことではないと思う。

でも、その「内助の功」をわざわざ強調する報道はかなり時代遅れだと言わざるを得ない。実際にSNSなどを見ていても、不快感をあらわにしている人は多い。

一方で、本庶さん夫婦のように妻に支えられている男性、プライドを持って夫のサポート役になっている女性からすると、こういった話は正しく「美談」であり、自分たちの生き方をも肯定してくれるストーリーなのだろう。人はみな自分と同じカテゴリーの人を応援したくなるからだ。しかし、現実的には今の日本はこのカテゴリーに入る夫婦はもはやマイノリティになりつつある。だから「内助の功」報道は共感されにくいのである。逆に、夫が激務のためワンオペで家事育児をせざるを得ない状況にある女性たちは、自分の意志でその立場になったわけではないため、不満がたまっている。そんな彼女たちからすると「内助の功」報道は献身的な妻像を押し付けられているようで不快に映る。

 

ちなみに、この話は日本に限った話ではない。一般的に研究者は引っ越しが多い。それについて行こうとすると、配偶者はキャリアをあきらめるか、すごく柔軟なキャリアパスを選ぶか、別居するしかない。(ごく一部のトップの研究者で新卒でいいポジションに決まってずっとそこにいるような人は別である。)

夫婦は対等なパートナーだという考え方の文化圏の国の人たちであれば、片方が相手のために我慢をし続けるなど夫婦間であまりに格差があると結婚生活を続けるのは難しいのかもしれない。実際アカデミアは離婚が多い。

 

本庶さんはきっと会見で純粋に奥様への感謝の気持ちを表したかったのだと思う。でも、 妻は願いをなんでも叶えてくれる神様ではない。生身の人間である。ツライ時期を耐えて支えた妻はえらい!みたいなスポ根ストーリーはもういいんじゃないでしょうか。

4歳4カ月の娘の英語と日本語

気づけば随分と長いあいだブログを放置してしまいました。自分のことや家族のことで環境に変化がありブログから遠のいていましたが、またぼちぼち始めようと思います。

 

娘、小学生になりました!

娘は4歳になり、この9月から小学生になりました。

こう書くと、??と思われる方も多いかもしれませんが、イギリスでは4歳から小学校生活がスタートするのです。正確には「準備学年」と呼ばれる、言わば0年生の学年で、来年の9月から1年生(Year 1)になります。多くの子はナーサリーと呼ばれる幼稚園に3歳ごろから行きだし、4歳から学校に行きます(もちろん日本でいう保育園もあり、そこには0歳から預けられます)。準備学年にはその年の9月の時点で4歳になりたての子(8月生まれ)からもうすぐ5歳になる子(9月生まれ)までが在籍します。イギリスでは学期が9月始まりのため、6月~8月生まれの子たちが日本でいう「早生まれ」になり、こちらではsummer babiesと呼ばれたりします。

 

準備学年はその名の通り、1年生から本格的に始まる学校生活の準備をする学年です。遊びの要素も多く残るものの、宿題も出ますし、成績だってつきます。日本にいたらまだ幼稚園の「年少さん」なのに、、、とつい思ってしまいますが、そんなことを言っていてもあまり意味はないので、もううちの子は小学生なんだ、と思うことにしました。

学校でどんなことをやってるのかはまた追って記事にしてみたいと思っています。

 

日本語の発達について

こちらのブログで「言葉が遅い、、、」と散々不安をもらしておりました娘の言葉について書きます。私の不安をよそに娘の日本語はぐんぐんと伸び、4歳になった時点では日本で普通に育った子と同レベルか、それ以上の日本語力になりました(親ばかですいません。。)。

 

会話レベル

引き続き「お家では日本語」「外では英語」でのコミュニケーションを続けています。外でも家族だけのときは日本語です。今年の7月まではナーサリー(幼稚園)も週3日しか通っていなかったので、接する時間としては圧倒的に日本語の方が長いものでした。

これは女子特有なのかもしれませんが、娘は会話すること自体を楽しんでいるようにみえます。大人同士の話もよく聞いていて、途中で「それならこうしたらいいんじゃない?」などと横から提案をしてくることもありあなどれないです。

夏に帰省した際には、年子の兄弟を育てた義理の両親に娘の言葉の発達、特に心理的な描写をものすごく驚かれました。4,5歳の男兄弟の場合は(こういう風に性差を固定するような発言は避けた方がいいのかもしれないですが)、「公園行きたい!」「楽しかった!」「つかれた!」「お腹すいた!」「これ好き(嫌い)!」ぐらいしか会話のバリエーションがなかったそうで、娘が自分の気持ちを具体的に言葉にしたり、本を読みながら絵を指して「この子は今きっとこう思っているね」のように登場人物の気持ちを憶測して表現するのを見て4歳とは思えないと驚いていました。会話をすることで「共感を求める女性」と「解決策を求める男性」という構図はこの歳でもうすでにできあがっているのかと思いました。

読みレベル

話し始めたのは普通より遅めだった娘ですが、読む方は小さい頃からかなり高い関心を示す子でした。ひらがなカタカナは2歳でマスターしたので、4歳になった今は子供用の本ならすらすらと読めるようになっています。漢字も無理のない範囲で本人の気分が乗った時に少しずつ教えるようにしています。

夏の一時帰国では日本の保育園をお試し体験させてみようということで、一時保育に数回預けてみたのですが、娘が初めて見る本でも難なく自分で読む姿を見て、保育士さんたちに「海外育ちなのに!」と驚かれました。4歳児でも読むのが得意な子はいるけれど、濁点や拗音がまざる音(「じゃ」「にょ」のような)は難しいのでつっかかることが多いとのことでした。どうやって教えたのかと専門家である保育士さんに逆にいろいろ聞かれたので、娘との日々を思い出して今度別の記事に書いてみるつもりです。

書きレベル

いま娘が一番苦戦しているのが「書く」ということです。「読む」ことは私から何か働きかけずとも本人に高い関心があったので、特に苦労なく本を読む楽しさを知ってくれたのですが、書く方はまだあまりその気がないようです。それでもすこーしずつ書けるようになってきて、たまにお手紙をくれたりするのでとてもうれしいです。でも微妙に違っている字があったりして、「この字のここはこんな風に書くんだよ」と教えようとすると、「もういいの!」と言って、ハイ終了、となります。。。これは性格なので、そのうち本人のやる気がでてくるのを待っているところです。

 

英語の発達について

娘が英語にふれるのは、今年の7月までは①週3日行っていたナーサリー(8:30-15:30)、② お友達とのプレイデートなど ③ 自宅で見る英語のビデオなど、だったのが、この9月から①は平日は毎日になりました。

前にも一度書きましたが、我が家の方針として日本語はfamily language (bonding language)、英語はsocial (school) languageと位置づけでいます。複数説あるようですが、母語が曖昧なまま第二言語を学んでしまうとどちらの言葉も上達しない(逆に母語の基礎が出来上がっていると第二言語の習得も早い)、というのはバイリンガル教育の中でわりと立証されていることのようなので、学校が始まるまではまず日本語をしっかり身に付けてもらおう、と思ってやってきました。その分英語については、学校に行くようになれば自然とできるようになるだろう、とあまり心配しないようにしていました。

心配しないように、という書き方をしたのは、「学校が始まったときに一人遅れをとっていたらかわいそうかも。。。」と全く心配していなかったわけではないからです。

会話レベル

去年(3歳なりたてぐらい)の時点では、娘の英語はいわゆるブロークンイングリッシュでした。文章で話すものの文法はめちゃめちゃ、発音も言葉によってはうまく出せない音も多かったです。それでもナーサリーではお互いに「ベストフレンド」と呼び合う仲になったお友達もでき、その子は娘のなぞの英語をうまく理解してくれて、2人でかなり高度なコミュニケーションをとっていました。担任の先生にも、先生やお友達が英語で言っていることはほぼ完全に理解しているようだから焦らずに、、と言われていました。

今年(4歳)になって、いざ学校が始まってみると、私が娘の英語は大丈夫だろうかと担任の先生に聞いてみたところ ”She doesn’t even stand out”(他の子と変わらない)との言葉をもらえました。これは私にとってけっこう衝撃でした。もちろんいい意味で。1年間の間にここまでキャッチアップできたとは驚きです。

これからも家では100%日本語を続けるつもりですが、やはり学校から帰ってきた直後は日本語に英語が混じります。わかりやすく言うとルー大柴(古いか?)になります。これもバイリンガルの子にはよくあることみたいですが、そこで無理やり日本語で話させることは酷なので(そもそも学校関連の言葉は日本語で知らない可能性も高いし)、例えば娘が「今日はschool yardでMrs. XXがみんなを連れてautumn leaves を拾いに行ったの。それでクラフトをしたの。それで I made a ship!!」 と言ったら、「そうなの、今日はXX先生が校庭に落ち葉拾いにつれて行ってくれたのね。それでお船を作ったんだ。」というようにできるだけ自然にそれは日本語でなんていうのかを教えるようにしています。しつこくやるとうっとうしがれるので。

この日本語に置き換えるプロセスは、最初は娘が嫌がるかな(中断されずにおしゃべりを続けたがるかな)と思っていました。今のところその気配はなく、ときどき「あぁ、〇〇は日本語でXXというのね?」と確認もしてくれるので、私たちには合っているのだと思います。

私は東京で働いてた会社がアメリカの会社だったため、娘のように海外で育った日本人がわりとたくさんまわりにいました。彼らは大きく2種類にわかれ、英語ネイティブなのに日本語(読み書きも含め)も問題ない人たちがいる一方で、日本語は日常会話止まりで漢字が出てくると読むのはつらい、、という人たち(本人のアイデンティティも日系〇〇人、という印象)も多くいました。できれば娘には前者になってもらいたいので、今後も娘のルー語をきれいな日本語に置き換えつつ話を聞くプロセスは続けようと思っています。

読みレベル

日本語と比べると英語の読みは家ではほとんどやってきませんでした。娘がこれなんて書いてあるの?と聞いてきたときに説明する程度でした。でもフォニックス(アルファベットの発音)はおもちゃで遊びながら7割ぐらいは習得していた気がします。あと英語の本を読んであげるときは、ときどき読んでいる部分を指しながらゆっくり読んだりしました。

現在の娘は、簡単な構文で、かつ見たことがある単語の場合は、時間をかけながらゆっくり読むことができる(ときもある)レベルです。知らない単語の場合は、頭の中でフォニックスを思い出しながら頑張って読もうとしているので、学校で本格的にリーディングが始まったらだんだん読めるようになってくるんだろうなと思います。英語の読みに関しては、そのうち学校で習うので学校まかせにする予定です(宿題ぐらいは見ようかと思いますが)。

書きレベル

こちらも日本語と同様、書くのは読むほど関心が高くないようです。ナーサリー時代から、自分の名前と仲良しのお友達の名前ぐらいは書けていましたが、そこまでです。ペンの持ち方が良くなるにつれ字がそれらしくなってきましたが、「もっと書きたい!」という意欲はみられないので、英語の読みと合わせてこちらも学校まかせで行こうと思っています。

 

今後・・・

両親がそれぞれ違う言葉を話す場合は、子供をバイリンガルとして育てたいカップルはそれぞれが自分の母語で話しかけるやり方が一般的かと思います。とは言え夫婦間の会話で使われる言葉に引きずられてしまったり、家族で食事をしているときに同じことを2度言わないといけない場面が多くなったり(夫婦どちらもが相手の言葉をかなりのレベルで理解できるなら別ですが)、他の人がみんな現地語で話しているのに片親だけ子供に違う言葉で話しかけないといけないのはちょっと気まずかったりと、まわりの国際結婚カップルを見ていても苦労が多そうだとは思います。

一方で、私たちのように両親ともに日本人が海外で(それも田舎で周りにあまり日本人がいない環境で)子供をバイリンガルとして育てるのも何かとチャレンジが多いです。特にこれからは学校で過ごす時間が長くなってくるので、家で日本語をしっかり伸ばせる環境を作ってあげる必要があります。まわりを見ていても、外国人夫婦の子供は学校に入ったタイミングで母語を忘れていく(もしくはそれ以上伸びない)例をよく見ます。せっかくここまで来たので、娘にはぜひ環境的なアドバンテージを活かしてバイリンガルになってもらうべく、おかーさん頑張ってサポートしようと思います!

 

2歳9カ月の娘の英語

2歳9カ月になる娘は赤ちゃんの頃から人見知りで、今でも知らない人に対しては非常にガードが堅い。それは英語の環境でも日本語の環境でも変わらない。プレイグループに行き始めるまでは他の子供に接する機会が少なかったため子供はそんなもんなんだろうと思っていたので、初めて会う私に笑顔で話しかけてくる人懐っこい子供たちは私には衝撃であった。家では明るくおしゃべりなのに、外で知らない人に話しかけられると地蔵のように固まる娘。心配した時期もあったが、まぁそういう性格なのだと受け入れてからはあまり気にならなくなっていた。

娘の英語でのアウトプットが増えてきた

そんな娘も最近やっと人前で少しづつ自分を出せるようになってきた。と同時に、娘が実は英語も話せるようになっていることがわかってきた。私と娘の会話は基本的に日本語なので、娘が最近になって他人とコミュニケーションをとるのを見るようになるまで娘が英語を話すのを聞く機会はなかった。

どうやら娘は完璧主義者のようで、何ごとも私からどう働きかけようが彼女の中で自信がつくまで新しいスキルを試そうとしない。そのためよちよち歩き(そして転ぶ)というのもあまりなかった。今か今かと見守る私たちに前でかなり長い間つたい歩きをする期間があり、手を放して歩き始めたと思ったら次の日には走ってた。たぶんかなり前から歩こうと思えば歩けたんじゃないかと思う。トイトレも同様。一向に興味を示さない、、と思っていたら、自分の中で機が熟した(?)タイミングで突然できるようになり2日間でトイトレは終わった。

言葉に関しても同じで、なかなか話し出さないと悩んでいる私をしり目に娘の中では着々とボキャブラリーを積み上げていっていたようで、話し出したときには単語のみの発語だったのは2週間ぐらいですぐに文章で話していた。

日本語に遅れること数か月、英語のアウトプットにも自信がついたのか、3歳を目前に社会性がでてきたからなのか、最近は散歩中に人に話しかけられるとちゃんとhelloと言ったり、名前や年を聞かれたら答えられたりするようになったなと感動していた。また英語の絵本を読んだりDVDを見ているときに私やキャラクターのまねをして英語で何かいうことも増えてきたなぁと成長を感じていた。

しかし先日実は娘の英語はもう少し先をいっていることがわかった。買い物中に何かのキャンペーンで子供に風船を配っていて、店員さんにDo you want a pick one or blue one?と聞かれ、I want a blue one, please! とはっきり言っていたのがちょっと離れたところでお会計をしていた私にも聞こえた。日本語同様、単語だけの発語のフェーズをすっとばして文章で話すようになっているようだ。

日本語は親との絆の言葉(bonding language)、英語は社会の言葉(Social language) 

娘が赤ちゃんのころは「家庭では日本語、外では英語」で話しかけていた。しかし2歳ごろになってもなかなか話し出そうとしない娘に不安になり、日本語オンリーに切り替えた時期もあった。今はまたお家では日本語、外(月に2度ある日本人のプレイグループをのぞいて、地元のプレイグループやお友達の家や買い物中など)では英語で接している。それでも両親とも日本人の娘が英語に接するのは平均すると一日2時間程度だろうか。週末など丸一日家族で過ごしDVDも見ないと一日英語を聞かない日も多いのでもしかするともっと少ないかもしれない。

今まではどんな状況であろうと日本語で話していた娘だが、最近になってプレイグループなどでは少しずつ英語で話すことも増えてきた。ここでは英語がsocial languageでみんな英語だし自分も話さなきゃと理解したのか、2歳児なりに気を使ってるのか。。。そういうこともあり、最近は娘にMummyと呼ばれることも徐々に増えてきた。

 

kamemari.hatenablog.com

 

おそらく娘が学校に行くようになると(イギリスでは4歳から)、日本語をキープすることの方が難しくなってくるので、親のと会話のベースの言葉として日本語が先に確立できたのはとてもうれしい。以前の記事でも書いたが、国際結婚などで両親が違う言語を話す場合は「1人1言語(多くの場合はそれぞれが母語で話す)」のやり方が一般的だが、海外で両親ともにマイノリティ言語(その地で共通語として話されている言葉ではない言語)が母語の場合は、まず就学前に家庭で母語を確立させておくと、学校に行き始めたときにschool langugageとして現地の言葉をスピーディに習得できるらしい。*1 

それに、夫婦とも日本語ネイティブな私たちとしては、仮に将来的に娘が日本に住まないとしても、日本語で普通にコミュニケーションがとれるようになっていて欲しい。私が育ったときとは全く違う文化の中で娘が育つことを考えると、母語での親子間のコミュニケーションがとれるということは、今後親子関係を築くうえでとても重要になってくる気がしている。

 

ちょっと変な日本語

ちなみに娘は2歳児にしてはちょっと不思議な日本語を話すように思う。まず最初に、会話の中で助詞を多用する。例えば、「何食べてるの?」と聞くと、「○○(自分の名前)おにぎりを食べて(い)るのよー」と言う。「おにぎり」のあとに「を」が入ることで若干文語的感じになる。他にも自分のことを話すときは、ほぼ必ず主語(自分の名前)のあとに「は」「が」などを使って話す。私の想像ではこれは絵本の影響ではないかと思う。ひらがなとカタカナをマスターし、絵本が大好きな娘はここ数か月は自分で読むようになった。少なくとも私は娘と話すときにそんなかたい感じで話していないので(例えば「お母さんはこれが好きよ」というよりは「お母さんこれ好きよ」と言っている。)、本に出てくる文章で文法構造を学んだのだとしか思えない。

二つ目は、ちょっと芝居がかった話しかたをする。これは確実に最近ドはまりしている魔女の宅急便のキキの影響だ。例えば先日水族館に行ったときには水槽で泳ぐ魚たちをみて、「わぁ、すてき!」と言っていた。末尾に「わ」もよくつく(○○はこれがいい、お父さん遅いね、心配だ、など)。なんだか日常をドラマチックな感じにしてくれるのでちょっと楽しませてもらっている。

 

一時期は娘の言葉が遅いことが心配でたまらなかったことを考えると、現在の娘の会話力は私にとっては奇跡的だ。最近はプレイグループの帰りなどにカフェでお茶やランチをしながら娘と今日はどうだったと話をするのが私の大きな楽しみでもある。先の見えないトンネルにいるような気がしていたあの頃の自分に大丈夫だから○○のことを信じて見守っていてと言ってあげたい。

*1:言語学者のMaryanne Wolfが書いた一般向けの本で読みました。こちらです 

Proust and the Squid: The Story and Science of the Reading Brain: 9780060933845: Medicine & Health Science Books @ Amazon.com