2歳9カ月の娘の英語

2歳9カ月になる娘は赤ちゃんの頃から人見知りで、今でも知らない人に対しては非常にガードが堅い。それは英語の環境でも日本語の環境でも変わらない。プレイグループに行き始めるまでは他の子供に接する機会が少なかったため子供はそんなもんなんだろうと思っていたので、初めて会う私に笑顔で話しかけてくる人懐っこい子供たちは私には衝撃であった。家では明るくおしゃべりなのに、外で知らない人に話しかけられると地蔵のように固まる娘。心配した時期もあったが、まぁそういう性格なのだと受け入れてからはあまり気にならなくなっていた。

娘の英語でのアウトプットが増えてきた

そんな娘も最近やっと人前で少しづつ自分を出せるようになってきた。と同時に、娘が実は英語も話せるようになっていることがわかってきた。私と娘の会話は基本的に日本語なので、娘が最近になって他人とコミュニケーションをとるのを見るようになるまで娘が英語を話すのを聞く機会はなかった。

どうやら娘は完璧主義者のようで、何ごとも私からどう働きかけようが彼女の中で自信がつくまで新しいスキルを試そうとしない。そのためよちよち歩き(そして転ぶ)というのもあまりなかった。今か今かと見守る私たちに前でかなり長い間つたい歩きをする期間があり、手を放して歩き始めたと思ったら次の日には走ってた。たぶんかなり前から歩こうと思えば歩けたんじゃないかと思う。トイトレも同様。一向に興味を示さない、、と思っていたら、自分の中で機が熟した(?)タイミングで突然できるようになり2日間でトイトレは終わった。

言葉に関しても同じで、なかなか話し出さないと悩んでいる私をしり目に娘の中では着々とボキャブラリーを積み上げていっていたようで、話し出したときには単語のみの発語だったのは2週間ぐらいですぐに文章で話していた。

日本語に遅れること数か月、英語のアウトプットにも自信がついたのか、3歳を目前に社会性がでてきたからなのか、最近は散歩中に人に話しかけられるとちゃんとhelloと言ったり、名前や年を聞かれたら答えられたりするようになったなと感動していた。また英語の絵本を読んだりDVDを見ているときに私やキャラクターのまねをして英語で何かいうことも増えてきたなぁと成長を感じていた。

しかし先日実は娘の英語はもう少し先をいっていることがわかった。買い物中に何かのキャンペーンで子供に風船を配っていて、店員さんにDo you want a pick one or blue one?と聞かれ、I want a blue one, please! とはっきり言っていたのがちょっと離れたところでお会計をしていた私にも聞こえた。日本語同様、単語だけの発語のフェーズをすっとばして文章で話すようになっているようだ。

日本語は親との絆の言葉(bonding language)、英語は社会の言葉(Social language) 

娘が赤ちゃんのころは「家庭では日本語、外では英語」で話しかけていた。しかし2歳ごろになってもなかなか話し出そうとしない娘に不安になり、日本語オンリーに切り替えた時期もあった。今はまたお家では日本語、外(月に2度ある日本人のプレイグループをのぞいて、地元のプレイグループやお友達の家や買い物中など)では英語で接している。それでも両親とも日本人の娘が英語に接するのは平均すると一日2時間程度だろうか。週末など丸一日家族で過ごしDVDも見ないと一日英語を聞かない日も多いのでもしかするともっと少ないかもしれない。

今まではどんな状況であろうと日本語で話していた娘だが、最近になってプレイグループなどでは少しずつ英語で話すことも増えてきた。ここでは英語がsocial languageでみんな英語だし自分も話さなきゃと理解したのか、2歳児なりに気を使ってるのか。。。そういうこともあり、最近は娘にMummyと呼ばれることも徐々に増えてきた。

 

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おそらく娘が学校に行くようになると(イギリスでは4歳から)、日本語をキープすることの方が難しくなってくるので、親のと会話のベースの言葉として日本語が先に確立できたのはとてもうれしい。以前の記事でも書いたが、国際結婚などで両親が違う言語を話す場合は「1人1言語(多くの場合はそれぞれが母語で話す)」のやり方が一般的だが、海外で両親ともにマイノリティ言語(その地で共通語として話されている言葉ではない言語)が母語の場合は、まず就学前に家庭で母語を確立させておくと、学校に行き始めたときにschool langugageとして現地の言葉をスピーディに習得できるらしい。*1 

それに、夫婦とも日本語ネイティブな私たちとしては、仮に将来的に娘が日本に住まないとしても、日本語で普通にコミュニケーションがとれるようになっていて欲しい。私が育ったときとは全く違う文化の中で娘が育つことを考えると、母語での親子間のコミュニケーションがとれるということは、今後親子関係を築くうえでとても重要になってくる気がしている。

 

ちょっと変な日本語

ちなみに娘は2歳児にしてはちょっと不思議な日本語を話すように思う。まず最初に、会話の中で助詞を多用する。例えば、「何食べてるの?」と聞くと、「○○(自分の名前)おにぎりを食べて(い)るのよー」と言う。「おにぎり」のあとに「を」が入ることで若干文語的感じになる。他にも自分のことを話すときは、ほぼ必ず主語(自分の名前)のあとに「は」「が」などを使って話す。私の想像ではこれは絵本の影響ではないかと思う。ひらがなとカタカナをマスターし、絵本が大好きな娘はここ数か月は自分で読むようになった。少なくとも私は娘と話すときにそんなかたい感じで話していないので(例えば「お母さんはこれが好きよ」というよりは「お母さんこれ好きよ」と言っている。)、本に出てくる文章で文法構造を学んだのだとしか思えない。

二つ目は、ちょっと芝居がかった話しかたをする。これは確実に最近ドはまりしている魔女の宅急便のキキの影響だ。例えば先日水族館に行ったときには水槽で泳ぐ魚たちをみて、「わぁ、すてき!」と言っていた。末尾に「わ」もよくつく(○○はこれがいい、お父さん遅いね、心配だ、など)。なんだか日常をドラマチックな感じにしてくれるのでちょっと楽しませてもらっている。

 

一時期は娘の言葉が遅いことが心配でたまらなかったことを考えると、現在の娘の会話力は私にとっては奇跡的だ。最近はプレイグループの帰りなどにカフェでお茶やランチをしながら娘と今日はどうだったと話をするのが私の大きな楽しみでもある。先の見えないトンネルにいるような気がしていたあの頃の自分に大丈夫だから○○のことを信じて見守っていてと言ってあげたい。

*1:言語学者のMaryanne Wolfが書いた一般向けの本で読みました。こちらです 

Proust and the Squid: The Story and Science of the Reading Brain: 9780060933845: Medicine & Health Science Books @ Amazon.com

研究者とその配偶者

先日ヤフーニュースを見ていたらこんな記事がでていた。

headlines.yahoo.co.jp

 

学者・博士が男児の将来の夢のランキングで2位に入ったらしい。このニュースを見て私は「男児だけで女児のランキングには入らないんだなぁ」「そりゃやっぱロールモデルがないと将来の夢として具現化はしないよなぁ」とひとりでつぶやいていた。

男性優位なアカデミア

日本はノーベル賞受賞者数としては世界上位だが女性の受賞者はまだ一人もいない。それどころか女性研究者の割合も他の先進国に比べると非常に少ない。逆にノーベル賞受賞者がが出るたびにメディアが競うようにしてカバーするのは受賞者の妻の「内助の功」だ。

このトレンドが続く限り、夫が研究者で妻が専業主婦という構図は残念ながらあまり今後も変化がないような気がする。まわりを見渡してみると、私たちも一例だが①研究者と専業主婦 ②研究者同士 ③研究者と民間勤務 *1 の順で多いように思う。

実際にデータで見てみるとどうなのか気になったので探してみたら、内閣府の平成17年版男女共同参画白書|内閣府男女共同参画局にこのような記述があった。

また,男性研究者の配偶者は無職の割合が多いが,女性研究者の配偶者の大半が働いている。女性研究者の配偶者の業種は大学教員・研究者など同業者である割合が高い。

 

やっぱり。。。研究者の夫をもつ女性には専業主婦が多いのか。ちなみに私のまわりには女性研究者と主夫というカップルも数組いる。性別が入れ替わっても研究者と家事育児を専業で行う配偶者というパターンは同じだ。

研究者の配偶者に主婦が多い理由

なぜ研究者の配偶者は主婦(主夫)が多いのか。大きな理由は2つ考えられる。

まず第一に、引越しが多い。特に若手の場合は、ポスドクや任期付きの職が多いので、数年ごとに大学を移ることはよくある。また大学はどこにでもあるのでとんでもない田舎、しかも海外、ということもありえる。

引越しが多いと当然ながらついて行く配偶者はなかなか仕事にコミットすることができない。ある程度コミットメントが必要な仕事を続けようとすると別居という選択をしなくてはならなくなる。

次に、研究職についている人は労働時間が長い。そしてオン/オフがない。私の夫は基本的に起きてる間は(もしかしたら寝てる間も)研究のことを考えている。学期中は授業準備やアドミンの雑務も加わる。たまに家族で旅行するときにもPCを持って行こうか持って行かないかでさんざん悩み、直前に申し訳なさそうに「やっぱり持って行ってもいい?」と聞いてくる。

こんな状態なので、家事育児の分担なんて夢のまた夢だ。今私がフルタイムで仕事に復帰したらおそらく我が家は家庭崩壊すると思う。

研究者の配偶者に可能なキャリアパス

では研究者の配偶者は主婦(主夫)以外の道はないのか。そんなことはないと思う。しかし、一般的な会社員はちょっときびしいかもしれない。それよりも、クリエイティブ産業では一般的になりつつある在宅勤務やノマドワークのように、働く場所や時間にとらわれないワークスタイルを目指すべきだ。

私自身も最近その方向でキャリアシフトを検討し始めた。私の場合はこれまでのキャリアと同じような仕事を探そうとすると夫とは別居する以外の選択肢はない。しかしそこまでしてあの仕事をまたしたいかというと決してそうではないことに気付いたので、在宅勤務が可能でかつ長く続けられる仕事にキャリアチェンジすることにした。娘が3歳になったらナーサリーに行くので育児とのバランスをとりながら少しずつ仕事を始めてみたいと思っている。

最後に、去年ノーベル医学・生理学賞を受賞された大隅良典さんの奥様である大隅萬里子さん(ご自身も元研究者)のインタビューでの言葉が印象に残っているので引用しておく。

Q 女性で研究者を目指す若者にメッセージを。

(萬里子さん)
思う存分やれるときにやってほしいなと思うんですね。私は若気の至りで早めに結婚してしまいましたので、勉強できるっていうのは、できる時代があると思うんですね。きちんと勉強していれば、その後の人生は違ったのではないかと思うんですが。私は勉強することを放棄してしまったので、チャンスがあったら若い女性の方にはぜひきちんと仕事をして、できれば自分の幸せも実らせていっていただきたいと思います。見ていますと、すごくそういう女性が増えているので、期待しております。

ノーベル賞 大隅さん夫妻 会見全文 | NHK「かぶん」ブログ:NHK

 

もしこれから研究者の人と結婚する予定の人でこの記事を読んでいる人がいたら、ぜひどこからでも仕事ができるジョブスキルを身につけましょう!(あぁ、10年前の私に教えてあげたい。。。)

 

 

 

 

*1: ②の研究者同士のカップルは属にいうtwo-body problemが壁となって2人ともが満足の行くキャリアを歩めているケースは少ない。アカデミアで夫婦2人そろって同じ大学でポジションを手に入れることはものすごく難しいため(しかも研究者夫婦の場合は学生時代のクラスメートなことが多いので分野も就職のタイミングも同じなのでさらに難しい)、一方(多くは女性)が非常勤やティーチングよりのポジションをとることで妥協するパターンをよく見る。または、別居して遠く離れた大学でお互いが正規のポジションで働き、いつかは同じ大学もしくは同じ地域の大学へ移ることを目指す。が、この場合は長く続く別居生活のせいで関係が破たんしてしまったケースもいくつか知っている。

私たちがもうしばらく海外田舎暮らしを続ける理由

私たちはある程度の年になったら日本に戻る予定だ。早くて5,6年後、遅くて15年後ぐらいを予定している。なぜ永住しないのか、そしてなぜまだ帰らないのかを自分の頭の中を整理するためにも書いてみる。

 

永住しない理由

私にはカナダに親戚がいる。戦後にカナダに渡りその後定住した人たちだ。その3世代目が私と同世代になり、子供のころから行き来があった。最初にカナダへ行ったのは私の大叔父さんにあたりもう亡くなっている。次の世代からは生まれもカナダなので日系とは言え日本語もつたないが、本人たちは「日本」にかなり強い精神的な結びつきを持っている。

大叔父さんは最後は日本に帰りたいと言い続けていたのだが結局帰って来れなかった。大叔父さんは20代後半か30代前半でカナダへ行ったので人生の半分以上をカナダで暮らしたことになるが、それでもやはり最後まで苦労はあったのだろうと思う。好きで移住したとは言え、文化の違う国に住むということはストレスも大きい。特にリタイア後はいろいろ考えるところがあったのだろうと思う。

私はまだ海外暮らしをして4年になるところだが、日本に帰るタイミングをうまく考えながら今後の人生設計しなくてはとすでに思っている(アカデミアで働く夫のせいで何事も計画が立てにくいのだが、いずれは帰るというところは夫婦で一致している)。国際結婚などで現地に何らかの結びつきがあるなら別なのだろうが、そうではない私たちにとって、リタイア後におそらく子供も独立しているであろう年齢になっても海外暮らしを続けようと思う積極的な理由はほとんどない。 

さらに、アメリカがトランプを選びイギリスがEU離脱を選択するこの時代である。よっぽどその国への思い入れがないとマイノリティとして一生暮らすのはきついと私は感じる。

 

いま海外にいる理由(まだ帰らない理由)

 日本に帰りたい理由はこのように精神的な部分がほとんどなのだが、一方で今海外にいる理由はいたってプラクティカルである。

1.夫の仕事

まず第一に夫の仕事のためである。彼の研究分野の性質上、今海外の大学で勤務するメリットはとても大きい。前にも書いたが、イギリスの大学の給与水準は高くない(それでも日本の大学よりはましだが)。しかし研究する上での環境(授業コマ数や研究者のネットワーク作りなど)を考えると今すぐ日本に帰ると失うものは大きい。アメリカの大学は全般的にイギリスや日本より給与水準は高いが、アメリカという国は稼げるときに稼いで老後住むところではない気がする。

先週来日したジム・ロジャースが自分が10歳の子供なら日本を出るというトークをして話題になっていたが、外国人が純粋に経済成長の視点だけで今の日本をみると残念ながらそういう判断になるのも仕方ない。私たちも今ここにいるのは経済的な理由があるからでそれがなくなれば出ていく。ある意味長いスパンでの季節労働者である。

2.娘の英語

次の理由は娘の英語である。海外(英語圏)でもうしばらく生活を続けることで自然なかたちで英語を習得できる環境を娘に与えることができる。英語とプログラミングは必要最低スキルとなるであろう時代を生きる娘にとって、英語が話せるということは娘がどんな職業につくにしても将来大きな強味になると思う。

私は日本で生まれたが、環境と努力でネイティブと間違えられるレベルの英語力を手に入れた。アメリカにいた頃は9割白人の中西部の田舎に住んでいたいたので、初めて会う人には西海岸出身のジャパニーズアメリカンだと間違われることも何度かあった。

しかし、私は英語に本腰を入れた年齢が遅かったので、このレベルになるまでにかなりの時間を投資した。それにもちろん今でもボキャブラリーの数や表現力では日々限界を感じているし、文章を読んで理解するスピードもネイティブに比べるとずっと遅い。簡単な文法をぽろっと間違えることもある。将来どこに住むにしても英語が無理なく話すことができれば、娘にとって可能性も大きく広がると思うので娘にはぜひ英語を習得してもらいたい。もちろん、こちらにいれば日本語習得のサポートをうまくしてあげなければならないのでいいことばかりというわけにはならない。でも少なくとも私たちが今ここに住んでいることは娘の英語の上達の近道になっていることは確かである。

3.Quality of Life(生活の質)

最後に、Quality of Lifeである。これは日本vs.海外というよりは都会vs.田舎の比較かもしれないが、働き盛りと子育てが重なるストレスフルな時期を日本(東京)で過ごす自信が正直あまりない。

やってみれば意外とどうにかなるのかもしれないが、一度こっちのゆるい生活に慣れてしまったこの身体にはきびしい気がする。最近では日本でもいろんな働き方をする人が出てきてはいるようだが、やはり一般的には勤務時間は長いし、通勤時間も長い。組織に属して働く場合は仕事に対して求められるコミットメントが強いので休みが取りづらい。

とは言え、子供が巣立ったあとに夫婦ふたりで老後を過ごすのは、都会でも田舎でも海外より日本の方がずっと楽しく暮らせると思う。海外へはたまに旅行で行き、帰ってくる家は日本にあるのが私たちにはあっていると思う。

また、何度か書いたが、イギリスでもアメリカでも他人が小さな子連れの人にほんとに優しい。うちの娘と同じような年頃の孫がいるようなおじいちゃんおばあちゃんだけでなく、老若男女問わず皆優しい。電車の中でもお店でも道端でも誰かが娘と私に声をかけてくれる。子育てでいっぱいいっぱいになっていた時はこのコミュニティに受け入れられた感に本当に救われた。日本では子連れはどこに行くにも肩身の狭い思いをすると聞くので、そういう面からも今日本に戻るのは得策ではないなと思う。

 

 海外暮らしをする間はできる限りそれをエンジョイして、でも同時に日本に帰るタイミングを見失わないようにしようと改めて思った2017年の始まりだった。

 

 

 

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ちょっとさみしかった年末年始

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

このブログを始めたのは去年のお正月でした。ちょうど1年です。1年で書いた記事数は34。あれ、平均すると1ヵ月に3記事だ。今年はもうちょっとがんばって書きたいところです。

 

さて、今年の年末年始は日本へ帰らなかったので基本的に家族3人で過ごすこととなった。クリスマス前に3泊でエジンバラへクリスマスマーケットを見に行き、クリスマスイブに帰って来て、クリスマスと翌日のボクシングデーは家で過ごし、そのあとは友人家族を招いたり招かれたりして年末を過ごした。元旦は家でなんちゃってお節を食べてのんびりし、2日は街へ買い物に行き、夫は3日からオフィスへ行った。普段より夫が家にいる時間が長かったので休み中は娘はずっとごきげんだった。

年末年始を異国の地で家族3人だけで過ごすのは正直なところ少しさみしいものがある。イギリスではクリスマスに日本のお正月のように普段は離れて住む家族が集まるが、日本人の私としてはクリスマスはともかく大晦日やお正月にはおじいちゃんおばあちゃんに囲まれて遊ぶ娘の姿がみたい。

やはり年に1度ぐらい大人数でにぎやかに過ごすのはいいなぁと思いながら、今日は近所のママ友宅に娘と共に遊びに行ってきたのだが、子供たちを遊ばせながらひたすらホリデー中の親族のドラマの話を聞くはめになった。普段あまり顔を合わせない義理の親族とはいろんなところで価値観がぶつかりあい、しかしそうは言ってもクリスマスなんだからあまり荒波も立てたくないし、、ととてもストレスをためて帰ってきた、来年のクリスマスは家族だけでどこかへ旅行へ行こうかと本気で考えていると話していた。

なるほど、そうか、と思った。娘ももう2歳半で旅行もしやすくなってきたので、来年の年末年始は日本に帰れなかったらどこかヨーロッパ内で(できれば南欧のあたたかいところへ)旅行をしようと心に決めた。家族3人だけで年末年始を過ごすのがさみしく感じてしまったのはきっと家にいたからで、スペインのリゾート地にでも行っていたらきっと「家族でのんびり」を心から楽しめたに違いない。とは言え、来年の今頃もここにいるかどうかは全く未定なのでどうなることやらである。

 

 

 

 

フルタイムで働いていた母と専業主婦の娘

先週まで日本から母が遊びに来てくれていた。今年の年末は一時帰国を断念せざるを得なくなったため、代わりにというか、母がひとりで訪ねてきてくれた。母の滞在中は私がずっと風邪をひきっぱなしだったのであまり遠出はできなかったものの、そのおかげで(?)孫とおばあちゃんの時間が濃くなり、母も娘もいい時間が過ごせたようなのでそれはそれでよかった。

 

娘の昼寝中などに母とした会話の中で、まだたまに思い出すものがある。普段Skypeで対話はしているものの、母が娘に会うのは10カ月ぶりだった。娘の言語面や精神面の成長に驚いたわ、という話のながで、「あなたは〇〇ちゃんをよくここまでひとりで育てたわね」と母はぽつり言った。娘の成長は私の成果ではない、と私は思っているので、子供は親があれこれ心配しなくても勝手にいろいろできるようになっていくんだよね、というようなことを私は言った。しかし母が言いたいことはそういうことではなかった。

 

母は父と結婚する前からしていた仕事を出産後もずっと続けていた。私が大学を卒業する直前に定年を待たずに退職し、その後はNPOの運営に関わったりと何かと忙しくしている。つまり、一度も専業主婦(家事育児以外の責任が何もない状態という意味で)をしたことがない。そんな母から見ると、私が最初の就職先として金融業界を選び、いろんな刺激の中で仕事をしている姿をみるのは昔の自分を見るようだったのではと思う。

それが、私が結婚し夫の仕事の都合でアメリカに行ったところから状況が大きく変わった。最近まで楽しそうに仕事をしていた娘が結婚し仕事を辞め、主婦になり、母親になった。アメリカと日本という距離もあり、母と話す頻度はアメリカに行ってからは東京に住んでいた頃よりもぐっと減った。つまり、母は専業主婦としての私をほとんど知らない。

おそらく、母は今までがんばっていたのにどうした、と不思議に(そして少し残念に)思っていたのだと思う。アメリカにいるときに、電話でひと通り近況(主に娘のことと夫のこと)を話したあと「それで、あなたの活動は?」と聞かれることが何度かあった。どう答えたか今は思い出せないが、今は簡単に仕事に復帰できない理由を母にわかるように説明したのだと思う。母が「活動」という言葉を使ったのは、有給で働く仕事だけでなく、ボランティアや、学校に通うなど何か自分のためにすることはしていないの、という意味だったのだと思う。

ずっとフルタイムで働いてきた母にとって、自分の娘が病気でもないのに仕事をしないということはかなり大きなミステリーだったのだろうと思う。しかし、今回の訪問で娘と私の日常をじっくり見たことで、状況によっては育児を優先して仕事をしない選択をすることもあり得るということを知ったのではと思う。

母の言った「あなたは〇〇ちゃんをよくここまでひとりで育てたわね」という発言の裏には「私はひとりで子育てをしなかった」という思いがあるのだろう。私は子供のころ、母と、普通のサラリーマンよりは比較的時間に融通の利く仕事をしていた父と、保育園の保母さんたちと、祖母に囲まれて育った。祖母の家は電車で1時間半ぐらいのところにあり、困ったときのバックアップとして頼っていた。小学校に行くようになってからは、学童保育にお世話になり、いわゆるカギっ子だった。

特にさみしい思いをした覚えはないが、ひとつなぜかよく覚えているエピソードがある。お友達の家に遊びに行って、そのお家に手作りの造花がたくさん飾られていてとても素敵だったことを母に話したことがある。そのお友達のお母さんが趣味で作った作品だった。おそらく小学校低学年のころだったと思う。そのとき、母が少し寂しそうに「○○ちゃんのママはお仕事されてないからお家のこといろいろできていいわね」と言った。私が通っていた小学校は大半の家庭が専業主婦世帯で、共働き世帯はかなり少数だったと思うが、私が「そうか、みんなのママはおうちにいて、うちのママは外で働いてるんだな」と改めて考えたことは正直そのときの一度きりだったように思う。それくらい自分の母が働いていることは自然なことだった。今から思えばあの母のコメントからは母なりにいろんな葛藤をかかえていたことが思い知れ、そのときに私が何か気が利いたひとこと(「でも私はお仕事がんばっててすごいよ!」とか)を言ったのかどうか気になるところである。おそらく言ってないと思う。

 

少し話がそれたが、つまり、母は一対一で子供と向き合いべったり育児をすることがどういうことか知らなかったのだ。誰だって自分が経験したことをないことを想像するのは難しい。私も小さい子供をかかえてのワーキングマザーの日常は友人の話やメディアを通して知るものなので、大変そうだとは思うが深いレベルでは理解することはできない。でも、 今回の滞在で私の日々をみて母は子供が小さいうちは子育てに専念することはとても価値のあることだ、と思ったらしい。

誰かに認めてもらいたくて育児をしているわけではない。でもずっとフルタイムで働いてきて、おそらく私にもそれを望んでいた母に今の私の毎日を理解してもらえたことはとてもうれしい。

最後に、私と母のように世代間で結婚後の育児への関わり方が違う親子は多いのだと思う。このグラフによれば、(うちは逆だが)多くの場合、専業主婦世帯で育って、自分が結婚後は共働き世帯になる割合が高い。しかし、今のトレンドが続けば、すぐに共働き世帯で育って結婚後は自分も共働き世帯の一員になる人が大半な時代がくる。そうなるときっと世代間で育児に対する考え方のギャップも小さくなってくるのだろうなと思う。

 

f:id:kamemari:20161215002652p:plain資料出所厚生労働省「厚生労働白書」、内閣府「男女共同参画白書」(いずれも平成26年版)、総務省「労働力調査(詳細集計)」(2002年以降)

図12 専業主婦世帯と共働き世帯/早わかり グラフでみる長期労働統計|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 

 

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イギリス人、ほんとに傘ささない

いやウワサには聞いていたけれども。。。イギリス人、ほんとに傘をささない。イギリスに来てもうすぐ2年がたつが、どしゃ降りの雨のなかびしょびしょに濡れながら人々が歩く光景にはいまだに慣れない。

イギリス人が傘をささない理由は、雨が降ってもすぐやみ、またすぐ降るからそのたびにいちいち傘をさすのがめんどくさい、というのが一般的らしい。確かにイギリスの天気はよく変わる。さっきザーっと降ったと思ったらもう晴天、ということはしょっちゅうある。よって天気予報は ”today's weather" ではなく "hourly weather" をチェックすることになる。まぁそれでもあまりあてにはできないのだが。

さらに、イギリスは日本と比べて風が強い日が多い。傘が使えないぐらい強い風の日も多い。こんな気候だからか、イギリス人が来ているコート類をみるとかなり高い確率でフード付きのものを着ている。雨が降ってきたら傘を差さずにフードをかぶるのである。

 ここまでは理解できるのだが、私がいまひとつピンとこないのが、イギリス人的には傘をさすという行為はunmanly(男らしくない)らしい、ということだ。雨傘より女性が使う日傘の方が先に一般的になったという歴史的な背景もあるようだが、俺イケてる風の高校生の男の子たちはほぼ100%さしていない。雨に濡れながら歩くことがcoolらしい。雨の日の夕方に夫を大学まで車で迎えに行くと学生たちのほとんどが傘をささずににぬれながら歩いている。うちの夫はというとオフィスのある建物のドアから駐車場に止めてある車までの数メートルでも雨が降っていれば折り畳み傘をさして車まで歩いてくる。きっとイギリス人の男子学生的にはダサい先生だと思われているに違いない。

その話を夫にすると、だからイギリス人の学生はみんなしょっちゅう風邪ひいてるんだ、と言っていた。雨のなか傘をさして歩く男と、いつも咳ゴホゴホ鼻水じゅるじゅるな男だと後者の方が私はunmanlyだと思うのだがこれも文化の違いか。

娘を信じる

今日はちょっと感動的なできごとがあった。*今回は完全に親ばか話です。すいません。

 

用事で車で1時間半ほどのところへ行かなくてはいけなかったのだが、そこまでの道が複雑で未だに運転が苦手な私はいやだないやだなと思いながら車のキーを回そうとしていた。すると、後部座席から、「おかーさん運転いっぱいじょうず!おとうさんみたいよー!」と娘の声が聞こえた。振り向くと満面の笑みの娘。「いっぱい○○」というのは、娘の言葉で「すごく」の意味。苦手な道を運転して行かなくてはならず気が乗らない私を勇気づけようとしてくれたのだ。いつもはふざけて(?いや、本気なのかも?)、「おとーさん運転いっぱいじょうず、おかーさん運転ちょぴっとじょうず!」などと言っているのに、今日は私の顔色をみてお世辞とも言える言葉を使って励ましてくれた。

 

これまでも娘の優しさにほろっとさせられたことは何度かあった。私が「おかあさんお腹痛いんだよー」と言うと「いたいのいたいのとんでいけー」をしてくれたり、重いものを運んでいると、「よいしょ、よいしょ」と言いながら手伝ってくれようとしたり、泣いているお友達がいたら心配そうにしたり(でもシャイなので声はかけられない)と。しかし娘が言葉を使って私の気持ちに寄り添ってくれたのは初めてだった。

 

 

娘は話し出すのが遅かった。2歳の誕生日を迎えても単語らしい単語は発音できなかった。発音できるのは単語の最初の音か最後の音の一音のみで、あとは大抵「あっあっ」「んっんっ」ですましていた。明らかに大人が話す言葉を理解していて、記憶している言葉もたくさんあるのに、一向に言葉を使おうとしない。周りの子たちは日に日におしゃべりが増えていくのに、うちの子はなぜ話さないのだろうかと不安な日々だった。

日本語と英語のバイリンガルになれる環境を整えるつもりだったが、バイリンガルどころか一言語も危ういのではと思い、いっそのこと混乱を少しでも減らすためにプレイグループやママ友たちといっしょに遊ぶのをやめて、日本語オンリーの環境にしようかと思ったりしたこともあった。ネット上にあふれている関連情報をあさりさらに不安になるループを繰り返したりもした。そのうち言葉の遅れだけでなく娘の他の行動パターンまで心配になり、スピーチセラピストのアポまでとった。*1

 

しかし、今日娘は、必死に自分の知ってる言葉の全てを使って私をはげましてくれようとしていた。

思いおこせば、娘は全く話せなかったころから自分が出せる限りの音と身振り手振りを使って私とコミュニケーションをとろうとしてくれていた。そんな娘を私は 言葉が出ない という側面からしか見ることができていなかった。


ごめんね。
何を不安になっていたんだろう。もっとあなたを信じてあげたらよかった。

これからは いろんなことがあると思うけど、あなたなら大丈夫。お母さんはあなたを信じる。

 

*1:イギリスの医療制度は何かと時間がかかることが多く、実際に見てもらえたのはアポをとってから5か月後だった。その時には娘の発語はかなり増えていたのでセラピーを受けることはなかった。

ママ友同士の助け合い

今日はママ友仲間のうちのひとりが体調を崩したので急きょ娘を連れて友人宅へ子守に行ってきた。この友達には娘と同じ2歳の女の子がいるのだが、彼女には持病があり体調が優れない日が多い。さらに時々ものすごく悪くなり子供の世話が難しくなることがある。そんなとき彼女はwhatsapp(英語圏で人気のあるラインのようなアプリ)のグループチャットに誰か数時間子供を見てくれないかとヘルプを求める。

彼女は普段は在宅で仕事をしているので週に何日かは子供は保育園に預けている。しかし今日のように急に体調が悪化したときにすぐに預けられる先はそう簡単に見つからない。近くに夫婦のどちらかの実家があれば誰かに飛んできてもらえることもあるのかもしれないが、皆がそういった恵まれた環境にいるわけではない。これは日本でも同じであろう。

そんな中でママ友仲間というのは唯一頼れる存在となる。 お互い小さな子供を育児中なので食事、遊び方やおむつ替えなど一通りの理解があるし、年齢が近ければ子供同士が一緒に遊べるので、子守をし合ういうよりは、子供同士を遊ばせに行くという感じになる。

 

この友人の場合は体調が悪い場合にママ友のヘルプを利用する形になるが、他にもいろんなパターンがある。特に小さな赤ちゃんがいる場合は赤ちゃん連れで行きにくいちょっとした用事(銀行に行くとか、区役所に行くとか、自分の健康診断に行くとか)のために小一時間誰かの家に預けるということができるとお母さんの負担はぐっと楽になる。さらに、特に用事がなくとも、20分だけ近所のカフェに行って一人でのんびりお茶するだけでも一人で日中赤ちゃんと一緒にいるお母さんにとってはかなりのリフレッシュの時間となる。

赤ちゃんとの生活というのはなかなか息抜きができるタイミングがない。私もそうだったが、昼寝中も起きちゃったらどうしよとビビッてあまりのんびりできず、常にon-callの状態である。夜寝てるときだって熟睡状態ではなく、常に赤ちゃんの寝息や寝言に敏感な状態でいるので半分起きているような状態である。そんな生活の中で、15分でも一人の時間を持つことで精神的に少し余裕がでる。子育て経験のあるお母さんなら皆通ってきた道なのでどれだけそれが新生児をかかえるお母さんにとって助けになるかがわかると思う。

とはいえ、もちろん人の家にいきなり子供を預けることは無理がある。預かるのは何度か家に遊びに行き、お互い様子がつかめたあとである。うちの子のように他人へのガードが堅い子の場合は預けられるようになるまでに時間がかかった。また人の子を預かる/人に我が子を預けるというのは当然いろんなリスクがともなうわけで、母親同士が信頼関係を築いていることが大前提である。

日本のママ友仲間でもこのような相互扶助の関係があるのか気になるところである。こちらには良くも悪くも適当な人が多いので、あまり気兼ねなく預かりあうことができる気がする。子連れで数人で誰かの家に集まった時にちょっと一人が子供をおいて抜けて用意をしに行くということも何度かあった。どうせ皆で遊ばせているのだからもう一人ぐらいいても変わらないわよ、という雰囲気である。日本だと、家片付けなきゃ、、前もって段取りを決めて、、とかお礼しなきゃ、、こないだ預かってもらったから今度は私がしなきゃ、、とかいろいろ考えてしまいそうな気がするがどうなんだろう。

 待機児童をはじめ日本の育児ケアがかかえるさまざまな問題の解決にはならないが、子育てでストレスをかかえているお母さんにとっては頼れるママ友仲間の存在はとても大きいと思う。実家など近くに頼れる人がいる場合は(もしくはそうでなくとも)ひとりで立派に子育てができる人もたくさんいるのだとは思う。でも私は困ったときに助けてくれる人たちがいると思うだけで気が楽になる。きっと昔はそうやってみな子育てをしていたのだろう。

 

おかあさんとママ、mummyとmum

もうすぐ2歳5か月になる娘が私のことを「おかあさん」と呼ぶようになった。舌足らずの発音で「おかーしゃん」と娘に呼ばれると正直少しくすぐったい気がする。

我が家では娘が産まれてはじめの数カ月を除いて、娘に対しては「お母さん・お父さん」で接してきた。最初の数カ月はママだったのだが、夫の非常に強い説得により私は「お母さん」になった。

私が育った家では両親は生まれた時からママとパパで、実は今でも両親と話すときにはママとパパと呼んでいる。もちろんある程度の年齢になってからは(何歳ぐらいだったからは特に記憶していないが)、家の中と外でママパパとお母さんお父さんを使い分けてきた。一方夫が育った家庭では小さいころからずっとお母さんお父さんだったらしい。さらにまわりにも親をママパパとよんでいる子供はいなかったと言う。このためママパパに非常に強い抵抗があるようである。

私は個人的には自分がママと呼んできたので、娘にはママと呼ばれたかったのだが、海外でバイリンガル子育てをすることを考えると「ママ」と英語でママにあたるmummy(アメリカではmommy)は音が似ているので、日本語と英語と違う音の方が切り替えになっていいのかなと(無理やり)思うことにして、娘に日本語で話すときにはお母さんで通してきた。

 

とはいえ、赤ちゃんがいきなり「おかあさん」と発音できるわけはなく、さらに日英両方の言葉にかこまれて育っている娘の私の呼び方はかなり変遷があった。

言葉が出てくるのが遅めだった娘は、発音できる音がものすごく限られていたので(「あ」「ま」「ぱ」など)、かなり長い間私のことは「ま」ですましていた。たしか2歳直前あたりまで「ま」だった気がする。2歳をすぎると「ま」が「まみー」(mummy)に変化した。娘は保育園には行っていないが、普段一緒に遊ぶ子供たちはほぼ全員英語話者なため、おそらく彼らから学んだのだと思う。また月に1度行く日本人のプレイグループでも「お母さん」と呼んでいる子供は誰もおらず、両親とも日本人の子はママ、ハーフの子はmummyである。この頃はどんなに私が「おかあさんって言って」といってもマミーとしか言わなかった。

ところが、2歳2か月ごろに変化が訪れた。突然「マミー」が「おたー」になり、しばらくすると「おたーた」そして「おたーたん」になった。考えられる理由はふたつ。一つは、娘の場合はいわゆる言葉の爆発がこの頃訪れたので、急にいろんな音を発音できるようになったということ。それまでは単におかあさんよりマミーの方が発音しやすかったからそちらを選んでいたのではと思う。もう一つは、ずばり、トトロである。この頃にとなりのトトロのDVDにハマり繰り返し何度もみた期間があった。あの映画の中ではサツキとメイが何度も「おかあさーん!」というシーンがあるので、それに影響されたのではと思っている。

やはり子供は子供同士で学びあうのだろう。大人の私たちがいくら「お母さん」と言っていても、まわりの子供たちがmummy mummyと呼んでいればmummyと呼んでいたが、メイちゃんが「おかあさーーん!」と呼べばそれをまねするのだろう。

それでも、まわりが英語の環境ではmummyと私のことを呼ぶので、私がひっそり思っていた「ママと呼ばれたかったのに。。」の思いは半分満たされたのでまぁよかった。

ちなみに、お父さんはかなり長い間「おと!」だったのだが、こちらも最近さん付けに昇格し、おとーしゃんと呼んでもらっている。

 

ここで少し気になったので、まわりのイギリス人たちに子供はいつまでお母さんのことをmummyと呼ぶのかを聞いてみた。一般的にイギリスでは大人は母親のことをmumと呼び、これが日本語の「お母さん」的なことばにあたると思う。母親のことをmotherと呼ぶのは日常会話ではあまり聞いたことがない。

 子供にもよるが、学校に行くころになったら(4,5歳ごろ)、周りに影響されてmumと呼ぶようになるようである。特に男の子のほうがそのトランジッションは早くくるようである。女の子によっては人前ではmumと呼ぶものの大人になっても母親と直接話すときはmummyと呼ぶ人も多いという人もいた。これは日本と似ているのではと思う。

しかし私が話を聞いた全員と、ネット上のディスカッションで書き込んでいる人の大半がいつまでも子供にはmummyと呼ばれたい、と言っていた。子供がmumと自分のことを呼び出すのは悲しい(sad)のだそうだ。急に子供が成長してしまった感じがするのだろう。

今後保育園や学校に行くようになったら娘も英語で話すときは私のことをmumと呼ぶようになるのだろうか。それについては悲しいという気持ちは今のところ特にないが、娘が泣きながら私を呼ぶときに「おたーーおたーー」と呼んでいたのが、「おかーしゃーーん」になり成長を感じつつも少しさみしいような気がするのは事実である。

 

海外田舎暮らしを3年半して思ったこと

日本を出てからもうすぐ3年半になることに気がついた。アメリカの田舎に約2年、イギリスの田舎に約1年半である。私のブログは「海外」「暮らし」「田舎」などのキーワード検索でたどりついてくれる人たちが多い。そこで今日は海外田舎暮らしを3年半して思ったことを主婦目線でまとめてみたい。

 

1.物価が安い

当然ながら都会に比べると田舎は物価が安い。特に大きな差が出るのは住宅コストだろう。駐在で来る人には関係ないのだろうが、私たちのように自力で家賃を払わないといけない場合はこれだけで田舎に住むことがかなり魅力的になる。

また、生活コスト全般についても都会に比べると下がる。しかしこれは家賃のように同じようなものでも安く手に入る、という類のものはなく、単に田舎には「いいもの」が少ないため結果として出費が減るというものである。ここでいう「いいもの」とは、例えばちょっといい(高い)レストラン、子供のお稽古ごと、エステ、ジム、服、食品などである。都会に住んでいるとこれらのチョイスが非常に多いため、プチ贅沢などといってついついお金を使ってしまうということが起こりうる。田舎ではあまりそういうことがない。

ちなみに余談だが、食文化に関しては都会の方が豊かだと思う。田舎に住んでいると新鮮な野菜などは意外と手に入りにくく、結局大手スーパーで買うので都会とあまり変わらない。農家の直販のお店などもあるがそこまで車を飛ばして週に何度も行くのは現実的でないし、ファーマーズマーケットも町の中心に夏季はあるのだがいまいち盛り上がっていない。やはりファーマーズマーケットなどは都会で開催する方が来場者も多いので農家側もメリットが多いのだと思う。またレストランの数や種類の圧倒的な差が都会と田舎にはある。都会に存在する食に対してこだわりのある層が田舎には少なく、また日本のようにわかりやすい各地の名産、名物があるわけでもない。よって日本であるような、観光客向けに開発された地元の食材を使ったちょっと高価な食品類などもあまりない。しかしそれゆえ余計な出費(?)も少なくてすむというわけである。

 

2.いつまでたっても外国人扱い

これは日本でも同じだが、田舎には外国人が少ない。逆に都会には多様な人々が集まってくる。国にもよるが日系人も田舎よりずっと多い。そのため都会であれば数年住めばローカルだとみなしてもらえることも多い。しかし田舎では何年たっても特別扱いである。

これは日本国内レベルでも同じことがいえると思う。東京には全国からたくさんの人たちが進学や就職で集まってくる。ある程度の期間を東京で暮らしていると、自分でも東京がなじんでくるとともにまわりからも「東京の人」みられるようになる。地元へ帰省したときだけ方言を話してキャラクターも少し変わる、など2つのアイデンティティを持つようになる人も多いかもしれない。一方、東京から田舎へ移住した人は同じように地元の人からローカル認定してもらえるまではもっと長い時間がかかるはずだ。

長く住んでいても外国人として特別扱いされることはなにも悪い面ばかりではない。ある意味刺激に飢えている田舎の人たちの中には外国から来たいうだけで興味をもってくれ、 会話が始まることも多い。そこから友人ができることだってある。外国人であふれている都会であればそういうわけにはいかない。

 

 3.移動は車が基本

日本のように電車やバスのルートがすみずみまで張り巡らされている田舎は海外には少ない。特にアメリカ中西部の田舎は人間が歩くように道が設計されていないので、ちょっと家の近くを散歩、ということがあまりできなかった。歩道のない車道ばかりである。私は日本では長年ペーパードライバーだったので最初は(というか今でも)かなりびびりながら運転ではあったものの、夫や友人に車を出してもらわずとも自分の力で移動できるようになっただけで精神的にかなりポジティブになれた。主婦で通勤や通学で車を使う予定のない人でも海外の田舎に行くなら運転免許は必須だと思う。

また、ちょっと運転すれば手のついていないような豊かな自然に気軽にふれられるのはとてもよい。海外の田舎にきてドライブの楽しみというものを初めて知った気がする。

ご参考

 

kamemari.hatenablog.com

 

4.その国のリアルがみられる

 田舎での生活とそこで会う人たちはまさにその国のリアルである。例えばアメリカでいうと、東西のコーストに住んでいるホワイトカラーのアメリカ人(その多くは民主党支持者)ではなく、内陸部に住んでいて、大学ではなく職業訓練学校などを卒業していてほとんど海外旅行の経験はなく、家族のうち何人かは軍関係者の人たちである。またイギリスでも、先日のEU離脱を問う国民投票ではロンドンと一部の地方都市をのぞくと北部の田舎は全て離脱派であった。日本のメディアでシンボライズされていた低所得のブルーカラー層で構成される町たちである。

都市部に住む一部のエリート層ではなくその国を構成するマジョリティの人たちと交流でき、そこでの暮らしを知ることはそれなりに興味深く、観光や出張でその国を訪れるのとは全く違った体験ができる。

しかしその反面、リアルな人々の多くは行ったこともない遠く離れた外国についての知識や関心は低いし、外国人の話す現地語にも慣れていない。そのため都会よりも現地の人々とのコミュニケーションで問題が出てくる場面は多い。

 

 田舎の暮らし、都会の暮らし、それぞれ良し悪しがあるものの、私のようにまわりに流されやすい人にとっては自分のペースを見つけて暮らすのは田舎の方がしやすいのかもしれないと思う。田舎だから時間がゆっくり流れ、、というわけでは必ずしもない。The days are long, but the years are short である。

 

イギリス(の田舎)で車を運転する

私は大学生の時に東京で運転免許をとって以来、アメリカへ引っ越すまでペーパードライバーだった。免許を取得してからアメリカへ行くまで自分で運転したのは確か北海道旅行でレンタカーをほんのちょっと運転した程度だった。帰省した際に実家の車を運転することもなかった。そんな私でも東京をはじめ日本の都市部では車がなくても全く不便さを感じることなく生活ができていた。

しかし、アメリカへ行ったあとは車が運転できない=どこにも1人で行けない、という暮らしになってしまった。私たちが住んでいた州は州都の中心の一部を除いて公共交通機関がほとんどなかった。電車や地下鉄なんてないし、バスはスクールバスだけ。タクシーはあるはあるが、日常的に利用する感じではなく、例えば空港へ行くときなどに使うサービスであった。

そんな環境だったので、一念発起して運転を始めた。非常にラッキーなことに私たちが住んでいた州では日本の免許を持っていると視力検査のみでアメリカの免許を発行してもらえる制度があった。この制度がなくいちから取り直していたら確実に実技試験で落ちていたと思う。

そしてビビりながらではあるが近場のスーパーへの買い物程度はこなせるようになったのだが、すぐに妊娠が発覚し、さらに冬になると大雪の日が続いたため結局ほとんど運転することなくイギリスへ来てしまった。

イギリスへ来てからの最初の半年は車を買わずにすごした。大学のそばに住んでいるため夫は職場まで徒歩通勤、私もシティセンターまではベビーカーを押して歩いて行ける距離であった。さらに、またすぐに引っ越す可能性もあった。しかしその可能性がなくなったため小さなトヨタのオートマ車を中古で購入した。そこから私の車を運転する日々が始まった。(現状ではイギリスでは日本の免許を持っていればイギリスの免許を発行してもらえる)

 アメリカからイギリスへ来てまず最初に思ったことは、道路を走っている車がどれも小さい!アメリカで一般的なバカでかい車に見慣れた私の目にはとても新鮮に映った。アメリカで乗っていた車もトヨタだったが、普段日本でよく目にしていたサイズより一回り大きいものだった。駐車するときもなかなか慣れずにいつもひやひやしていた。今乗っている車はそれに比べると私にはとても運転しやすい。今まで運転してこなかったのでよくわからなかったが「小回りがきく」とはこのことか、という感じである。

私が住んでいる地域はかなり田舎なのにも関わらず、けっこう道がせまい。両脇畑で一本道が続くような道路でも一車線の幅が市街地とあまり変わらない。しかもくねくねと曲がっている。きっと大昔から使われている古い道だからなのだろう。同じ田舎でもアメリカのハイウェイはどーんといかにも後から開発したまっすぐな道で、しかも車線の幅が異様に広かった。

くねくねと曲がっていて、車線の幅が狭く、おまけに場所によってはかなりの坂だったりするのだが、それでもイギリス人はかなり飛ばす。高速道路の法定速度は70マイル(113キロ)で、私はいつも60マイル(97キロ)をちょっと超えるぐらいで走っているのだが、ものすごい勢いでびゅんびゅん抜いていかれる。それでも2車線ある道は追い越して行ってもらえるのでいいのだが、1車線しかない道はのんびり走ってるとすぐに後ろに車が溜まってしまうのでプレッシャーである。

さらなる難関はラウンドアバウトである。日本にも最近できているらしいが私はイギリスに来るまで知らなかった。信号のない交差点を時計回りに順番に入って回って出ていくものである。いたるところにある。渋滞の緩和などいろいろ構造的にメリットはあるのだろうが、個人的には普通に信号の方がわかりやすくていいのでは思ってしまう。しかしまぁこれは慣れな気もする。

最後に、もっとも衝撃的だったのは、縦列駐車して止められている車の向きがあっちこっち向いていることである。写真の方がわかりやすいので写真をとってみた。

 

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法律的には問題ないらしい。ルールとしては、1枚目の写真に写っている道路の両脇にある点線内にとめていればどっち向きにとめてもいいらしい。2枚目の写真でわかるとおり、ただでさえ狭い道の両脇に縦列駐車で車がとめられているとさらに道が狭くなり、いつもドキドキしながら通過している。しかし、イギリス人は縦列駐車上手だな。。

イギリスで育児 悪いところ編

先月末に引っ越しをした関係でまた日がかなりあいてしまいました。前回の記事でイギリスで育児のいいところを書いたので今日は悪いところについて。

 

日本のものが身近にない

これはあたり前のことで悪いところと言うべきものではないが、イギリスだけでなく海外で子育て中の人なら誰でも一度は感じることでないだろうか。現地文化と自分が育った文化の圧倒的な違い。例えば、食文化、宗教、言葉。日本で普通に子供を育てていたらきっと気にも留めなかったであろうことがいちいち悩みのタネになる。

食に関しては、私はアメリカで出産してその後イギリスへ来たため日本の○○がなくて不便!という経験はあまり無いのだが、日本で出産して育児途中で海外へ引っ越す人は何かと日本のものが手に入りにくくて困るのだと思う。というのも、一時帰国中に赤ちゃん本舗などに行ってその品揃えの多さに驚愕した。ベビーフードから赤ちゃん用お菓子まで、日本ってすごい、、と思ったのを覚えている。

私の中で特に悩みなのは今のところ宗教である。前にも書いたが、プレイグループは教会で開催されるものが多いので、どうしてもキリスト教を身近に感じる環境となる。またプレイグループ以外にも教会で行われるファミリーイベントなどではクラフトのお題がノアの箱舟だったりする。まわりの子たちがあたりまえのように作っているので一緒にやっているがなんとも複雑である。小学校へ行けばもっとそのような場面は増えるのだと思う。日本の盆踊り大会に子供と行くのにいちいち宗教のことを考えないように、こちらでも同じようにしようと思えばできるが、年齢が上がるにつれて子供の方から興味を持ちだすであろう。その時に親としてどう対応するべきか、、、悩ましいところである。

 

医療制度

次に医療制度である。イギリスの医療制度はNHSと呼ばれる公的サービスとプライベートのサービスで成り立っており、それらについては詳しいサイトがたくさんあるのでそちらをご参考頂くとして、小さな子供をもつ母親として一番不満なのは、心配なときにすぐに小児科に駆け込めないことである。この点が日本(もしくはアメリカ)と大きく違うところだと思う。イギリスではまず最初にGP(General Practitioner)と呼ばれる医者にかかり、より詳細な診断が必要な場合はGPの紹介状を通じて小児科などの専門医にみてもらうことになる。この1ステップ踏まなければならないところがとても面倒に感じる。おまけに専門医の診察の日時は病院からこの日に来てください、と書かれた紙が送られてくる。都合が悪くて変更したい際は電話をするのだがこれまた数週間先になったりすることが多いので、アポの日が決まったらなんとしてでもその日に行くようにしている。

このように小児科へのアクセスが非常に手間なのだが、普段の育児にまつわる小さな悩みなどはHealth visitorと呼ばれるナースにならいつでも会える。が、私が会ったhealth visitorたちはどうも頼りない人たちが多かった。。。たまたま運が悪かったのかもしれないが、そこら辺のちょっと育児経験のあるおばさんと話しをするのと正直あまり変わらなかった。

ここで書いたGPやナースのサービスはNHSのものであり、つまり無料のサービスである。無料と言っても給与から天引きで一定額を収めているので正確には無料ではないのだが、サービスを受ける時点では支払は発生しない。しかしNHSも財政が相当逼迫しており、サービスの質は全く良くない。ただより怖いものはない、の典型である。医療に関してはアメリカの方が格段に良かったと言える。アメリカの医療は高すぎると言われるが、確かにサービスの値段は高いのだが、保険会社が支払ったあとの患者自身が払う額はそこまで高くなかった。場合によっては保険会社が全て払ってくれたこともあった。負担した額と受けたサービスの質を考えるとアメリカの方が数段良かったと思う。日本では小児科にかかかったことがないので比べられないのだが、市区町村によっては子供の診察台は無料のところもあると聞く。同じ無料ならサービスの質は圧倒的に日本の方が良いのではないかと思う。

 

お父さんたちが普通にイクメン

最後に、これは我が家固有の悩みかもしれないのだが、イギリス人のお父さんたちは育児に積極的な人が多い。うちの夫はそうではない(おそらく日本基準だと普通)ので、ついまわりのイクメンパパたちと比べてしまい悲しくなる。プレイグループにもお父さんが連れてきていることもめずらしくはない。また普段から家で子供とよく接しているせいか、お誕生日会などで他の子供に会ってもいっしょに遊ぶのが上手だなと感じることが多い。その点うちの夫は、、、、以下省略。この環境の中で今後少しは変わっていってくれることに薄く期待はしている。

 

ここまで書いたことは2歳児の親として感じたことであり、もっと大きくなって学校に行くようになれば毎日の送り迎えが大変そう、などまた違ったところで困ることが出てきそうである。しかし娘が学校に行く頃にはどの国にいるかも全く未定なのでそれはその時心配することにしようと思う。

 

 

追加です。もうひとつありました。しかも2歳児の母親としてはかなりクリティカルなものでした。

雨が多い

イギリスはやはり雨の日が多い。日本の梅雨のように一日中雨が降り続くというような日は少ないものの、1年を通して日中に何回か雨が降る日が非常に多い。大人ひとりなら多少の雨なら傘をさせば外出もなんの問題もないのだが、子連れでベビーカーで雨が多いとけっこうきびしい。こちらではベビーカーごとすぽっとかぶせるレインカバーを皆さん使用していて私もそれを使っている。しかしベビーカーの中にいる子供は雨にぬれないがベビーカーを押している私はぬれる。。。

さらに、こちらの公園は芝生が多い。雨が上がったあとにさぁ公園で遊ばせようと出かけても地面がびちゃびちゃでちょっと転んだら全身どろだらけ、となる。走り回ってエネルギーを発散してもらわないと寝つきが悪いため、できるだけ外遊びさせてあげたいのだが雨の多い冬(1年の半分)はそれができる日が限られてしまう。

 

イギリスで育児 いいところ編

イギリスに来て約1年半になる。アメリカで産まれ生後6カ月でイギリスに来た娘も2歳になった。イギリスで育児をする中で私が日々体験する良い面と悪い面をまとめてみたい。(しかしこれから書くことは私が住んでいる北部の田舎限定の話であり、ロンドンはまったく違う可能性もあるのでその点はご注意いただきたい。)

 まずは良いところから。

1.人が子連れにやさしい

これは育児をする上で最重要ポイントな気がする。日本では電車の中でのベビーカー論争などが巻き起こっていたが、こちらで子連れで外出すると電車の中や公共の場であまりに人に優しくされるので最初は戸惑うほどであった。

例えば私が使っているバギーはイギリスではよく見かける車輪がどっしりしたタイプで非常に重い。最近少しライトタイプに買い換えたのだが、前まで使っていたものは娘を乗せない状態で11キロあった。そしてこちらの電車は電車というよりは鉄道と呼ぶ方がふさわしく思えるような車体のもので、乗り込むときにけっこうな段差がある。それでも、この1年半の間、ひとりで出かける際もバギーを持ち上げられなくて困った、ということは1度もない。必ず誰かが当たり前のように助けてくれる。電車の中で娘がぐずったらあやしてくれる人も多い。また、泣いていなくても、娘が興味をもって見つめると 満面のスマイルで"Hello!"から始まり、「かわいいわね、何歳?」とか「お名前は?」とか「うちの子はこうで・・」などと話しかけてくれる人はとても多い。なんでもないことなのだが、このような短い会話があるかないかでその空間に「受け入れられた感」が得られるので子連れの母親としてはとても気楽に外出ができる。

またレストランでも同様で、お店の人たちは子連れにとてもやさしい。もちろん事前にChild friendlyをうたっているいるところをネットで調べたり、子供のいる友人に情報をもらったりしてレストランを選ぶことが多いのだが、たまに行き当たりばったりでお店に入ることもある。そういう時でもスタッフの人たちは非常によくサービスをしてくれる。思い返しても、子連れで食事に行って嫌な思いをした、という経験が今のところない。

 

2.プレイグループが充実してる

何度もブログで書いているが、私はプレイグループに本当に助けられている。プレイグループがなかった2歳児といっしょに家で引きこもりかと思うと本当にぞっとする。

日本にも児童館や支援センターなどがあるのでこの点はあまり変わらないかもしれないが、その充実度(人口に対する施設数)としてはこちらの方が上ではないかと思う。私が住んでいるカウンティは中心地の人口が約4万人、カウンティ全体で約6万人という規模だが、プレイグループはいたるところにある。毎週月曜日から金曜日まで行こうと思えば毎日どこかにお出かけ先がある。おそらく日本で同規模の地方都市にはここまでたくさんの児童館や支援センターはないのではないだろうか。

 

プレイグループに関する過去記事

kamemari.hatenablog.com

 

 

kamemari.hatenablog.com

 

3.子供をとりまく環境がおおらか/いい意味で適当 

 最後に、これは性格の問題かもしれないが、まわりのお母さんたちがいい意味で適当な人たちが多い。私は他人にどう見られているかをいちいち気にしてしまうめんどくさい性格なため、これは助かる。

例えば外出先で娘の行儀が多少悪くても、「家でちゃんとしつけをしてないんだわ」などと白い目で見られていないか気にする必要はない。誰も人のことなんて気にしちゃない。プレイグループでも集団で何かをするべきときに誰か1人マイペースで個人行動をする子がいてもそれはそれでOK。子供はそれぞれ自分が興味をあることをすればいいのだと親も無理に子供を参加させようとしない。

皆でいっしょにランチに行くときや、お家であそぶときも、非常に気楽である。最近天気がいい日は外でピクニックをしたりすることも多いが、最近持って行くランチがマンネリだなと思い「2歳 お弁当」でイメージ検索をして驚愕したことがある。いや、日本で育児中のお母さんたち、ほんとすごいです。。私が普段作ってるお弁当(と呼んでいいのかもはやわからず)なんて日本では人前で見せれない、、と思ってしまう。

 

長くなってしまったので、悪いところはまた次のブログに書こうと思う。いいところもたくさんあるが悪いところももちろんたくさん。

 

仕事と家庭と趣味 同時に手に入れられるのはどれか2つだけ?

日本から家族や友人が遊びに来たりしていたので最後の記事からかなり日があいてしまった。。

 

普段私が仲良くしているママ友の中でも特に仲のいい友人がもうすぐこの町を去ることになってしまった。この友人はスペイン出身で、彼女とはプレイグループで知り合ったのだが、もはや私にとっては「ママ友」ではなく普通の友達(?)と呼びたいほど親しくなった。こう書くとママ友は友達ではないような印象を与えるがその話はまた今度。。

この友人には私の娘と同じ年の女の子がいて、出会った当時は産休中だったが今ではフルタイムで復帰している。旦那さんも家事育児に協力的で、私にとってはキャリアも大事にしながら育児もこなすロールモデル的な存在だった。

仕事と育児を両立しているとは言っても、そこはスペイン人の気質なのか、全てに完璧を求める結果がんばりすぎて共倒れになるというようなことはないのだろうな、と思っていた。ところが、先日彼女から涙ながらに祖国に帰る決断をしたと打ち明けられた。理由はおじいちゃんおばあちゃんのサポートなしでこの生活を続けることはもう不可能だからということだった。

平日は朝子供を起こしてすぐ保育園へ連れて行き(子供は朝ごはんも保育園で食べる)、夕方まで仕事をして、仕事を終えてから旦那さんと交代で子供を迎えに行き、夕食を適当に食べたらすぐ子供を寝かせる時間になる。1日のうちで子供と関わる時間はほとんどない。さらに子供も保育園で1日遊んだあとで疲れていて機嫌が悪いのに、自分も仕事を終えて帰ってきたばかりで子供の癇癪に余裕をもって対応するエネルギーはない。週末は週末で彼女も旦那さんも疲れているので子供と一緒に遠出して週末を楽しむという余裕がなかなかもてない。結局必要な食材や日用品の買い出しだけして週末が終わってしまう。そしてまた月曜日がくる。

このような生活をエンドレスで続けるのはもう無理だと判断したそうだ。スペインに帰れば両親にサポートをしてもらいながらもう少し人生を楽しむことができると思う、と話していた。

考え抜いての決断ということだが、せっかく仲良くなった友達がいなくなってしまうのはとてもさみしい。しかしこの話を聞いて一つ思い出したことがあった。

東京で働いていたころのメンター的な存在だった人に、女性は「仕事・家庭・趣味」全部を手に入れることは無理と思った方がいい、同時に手に入れられることができるのはどれか2つだけだ、と言われたことがある。ここでいう「家庭」は子供をもつという選択をするということも含む。結婚しないで「仕事」&「趣味」で生きるのか、結婚して「仕事」&「家庭」もしくは「家庭」&「趣味」でいくのかどれかだと言われた。つまり結婚して子供をもつと、仕事を続ける限りもう趣味の時間はなくなる。また子供もいて自分の趣味の時間も大事にしたいなら仕事はできない、というような話だった。酔っ払いながらの話だったので多少違ったかもしれないが私はそう理解して覚えている。

この話にあてはめると、今の私は「家庭」&「趣味」のセットであり(趣味とよべるほどのものでもないが、それでも家事育児にあいた時間は好きに使って楽しんでいる)、私の友人は「家庭」&「仕事」だ。私は「家庭」&「趣味」に「仕事」も加えようとしてもやもやしているところであり、友人は「家庭」&「仕事」に「趣味」も加えようとして無理だと判断したということだ。

しかし、3つを手に入れることは、祖国に帰れば可能だと彼女が気づいたように、環境次第な気もする。おじいちゃんおばあちゃんが近くにいるなら、子供が1人なら、夫の家事能力がもう少し上がれば、仕事の種類が違えば、他の趣味なら、など何か環境を変えることで女性が3つを手に入れることができるのは不可能ではないはずだ。

おそらく私が友人の立場であったら、仕事と育児でいっぱいいっぱいな人はたくさんいるし、週末疲れて何もできなくてもそれってわりと普通だし、、などと考え現状を変えようとしないかもしれない。どんなことでも環境を変えるのは勇気がいることだ。それでも、このままでは人生楽しめない!と大きな決断をするのはとてもスペイン人的で、毎日いっぱいいっぱいで人生楽しめてなくてもまぁ仕方ないかとなってしまうのは、私が日本人的な考え方をしてしまっているからか。。

彼女と会えなくなってしまうのはとてもさみしくなるが、最後まで多くを学ばせてくれる人であった。いつかスペインに遊びにいこうと思う。

 

こわい絵本

最近娘に絵本を読んでいてよく思うのだが、子供向けのお話なのにけっこうこわいものがわりとある。

定番の赤ずきんちゃんの話だって冷静に考えると子供向けとは思えない話だと思う。私が子供の頃に読んだ(聞いた)話はお婆さんと赤ずきんちゃんはオオカミに食べられたあと猟師に救出され、眠ってるオオカミのお腹に石をつめて川に投げ込むという筋だった。これはグリム童話バージョンで、赤ずきんちゃんには他にもいくつかのバージョンがあるようだ。17世紀のフランスで語り継がれていたバージョンではオオカミに赤ずきんちゃんとお婆さんが食べられてそこでおしまい、となるものや、オオカミがお婆さんを食べたあとお婆さんの人肉の一部を赤ずきんちゃんをだまして食べさせる、というものまであるそうである。

ちなみにうちには赤ずきんちゃんの本が2冊あるのだが、両方ともオオカミがやって来た時点でお婆さんがベッドの下に隠れ難を逃れる。そのあとの展開は、あとからやってきた赤ずきんちゃんもオオカミの隙をついてお婆さんと一緒に隠れ、そこへ木こり(?wood cutter)が登場し悪いオオカミを殺すというものと、赤ずきんちゃんがお婆さんのふりをしているオオカミをオオカミだと見破り家を飛び出したところでお父さんに出会い、お父さんがオオカミをやっつけるというもので両方ともハッピーエンドで終わる。

気になってプレイグループにあった赤ずきんちゃんの本も確認してみた。同じように赤ずきんちゃんとお婆さんはオオカミに食べられることなく終わるバージョンであった。最近は子供たちを怖がらせないようにこのバージョンで話されることが多いのだろうか。日本で出回ってるバージョンも気になるところだ。

 

また、日本では手遊び歌というのだろうか、こちらではNursery rhymesと呼ばれるわらべ歌にもけっこう残酷なものがある。例えば "Three Blind Mice"という歌があるのだが、歌詞は以下のようなものだ。 

Three blind mice, three blind mice.

See how they run, see how they run.
They all ran after the farmer's wife,
who cut off their tails with a carving knife.
Did you ever see such a thing in your life,
as three blind mice?

 ネズミは確かにゴキブリ的な扱いなのだとは思うが、ちょっと酷なのでは、、と思う。うちにあるNursery Rhymesの本にもこの歌が入っているのだが、そのページにはしっぽをちょん切られて痛そうな顔をしながら走り回る3匹のネズミとそれをハサミ片手ににんまり見ている女性の絵が書かれている。なんとも言えない。。。

 

また、先日娘がご対面してきたピーターラビットも、お話の一番最初のところでショッキングな情報が提供される。

Once upon a time, there were four little rabbits, and thier names were- Flopsy, Mopsy, Cotton-tail, and Peter. They lived with thier Mother in a sand-bank, underneath the root of a very big fir-tree.

とお話が始まるのだが、その直後にピーターたちのお母さんが次のように話す。

"Now my dears," said old Mrs. Rabbit one morning, "you may go into the fields or down the lane, but don't go into Mr. McGregor's garden: your Father had an accident there; he was put in a pie by Mrs. MacGregor." 

え?おとぎ話の出だしとしてはちょっと衝撃の展開ではないだろうか。。ピーターラビットの本は友達からプレゼントしてもらったもので私は今まで読んだことがなかったので、初めて娘に読んであげたときは思わず2度読みしてしまった。

このショッキングな情報を子うさぎピーターはどう受け取ったのか非常に気になるところだが、ピーターはさほどショックを受けたようすもなくお母さんの忠告をやぶってMr. McGregorの庭に遊びに行ってしまう。そしてこのお話はピーターのお父さんは登場せず終わる。先日湖水地方で行ったピーターラビットのアトラクションにも、ピーターをはじめ、ピーターのお母さんや兄弟たちの模型はあったがお父さんはいなかった。。